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読者が欲しいのは「面白い作品」ではない。今の人気作に共通する“ある変化”|書籍化ログ(#創作論 #Web小説 #カクヨム #なろう #小説の書き方 #note #読者心理 #文章術 #市場)

    先日、面白いポストを見かけました。
    noteでもなろう系に一家言ある風倉氏のポストです。

    そこには、これまで物語の構成として通用していたことが、今は少しずつ通用しなくなっているという話が端的に書かれていました。

    これがまた切れ味が良すぎて、思わず「うわぁ……」と唸ってしまったんですよね。
    ▶https://x.com/kazakura_22/status/2111396713340817598

    こんにちは。こんばんは。
    普段はラノベを書いている「うら表紙」と申します。

    今は本当に、展開が早い作品が好まれるようになったと感じます。
    ただ、いろいろな人気作を見ていて思うのは、単純に「事件が起きるまでが早い」だけではないということです。

    今日は、そんな人気作品の冒頭に、最近共通して見えるある要素について書いてみたいと思います。

    ●「ふつつかな悪女」を完全に誤解していました

    私は異世界ファンタジーでも「溺愛系」が少し苦手で、そちらはほとんど読んだことがありません。

    なので、『ふつつかな悪女ではございますが ~雛宮蝶鼠とりかえ伝~』も、タイトルやビジュアルだけを見て、完全にそちら側の作品だと思い込んでいました。

    「はいはい、美しいヒロインが後宮でなんやかんやあって愛されるやつね」
    くらいのものです。

    私の視界からは、見事なくらい消えていました。

    ところが、ある日この作品の熱心なファンの方のポストがTLに流れてきました。
    そこで初めて、私が想像していた「溺愛系」とはだいぶ違うことを知ったんです。

    一気に興味が湧いて、アニメを見始めました。
    そうしたら止まらない(笑)

    詳しく書くとネタバレになってしまうので避けますが、この作品の冒頭は早い段階で、
    「この主人公に、どんな結末を期待するのか」を視聴者の中にはっきり作ってしまいます。

    面白いのは、まだその先の展開を知らなくてもそれが成立することです。

    主人公がどんな人なのか。
    今、どんな場所に立たされているのか。

    その二つを見せられただけで、
    「この人には、この状況をこう乗り越えてほしい」
    と、こちらが勝手に期待し始める。

    すると、その期待そのものが続きを見る理由になるんですよね。

    しかも、その期待の方向を考えると、自然とこの作品がこれからどんな心理的報酬を与え、何を描いていく物語なのかまで見えてきます。

    結末を知らなくても、

    「この状況がどう変わっていく物語なのか」
    「主人公の何を見届ける作品なのか」

    という骨格だけは、すぐさま伝わってくる。

    ここが、最近の人気作の冒頭を見ていて共通していると思うところです。

    ●最近の冒頭は「事件」だけでは終わらない

    少し前まで、物語の冒頭について語られる時は、とにかく早く事件を起こして読者の注意を引くことが重要だと言われていました。

    冒頭で人が死ぬ。追放される。婚約破棄される。事故が起こる。

    まず強い出来事を置いて、
    「何が起きたの?」と思わせる。

    もちろん、今でもこれは有効だと思います。

    ただ、最近はそこからもう一歩進んでいるように感じるんです。

    事件が起きるだけではなく、

    「この主人公に、どんな結末を期待するのか」

    まで、冒頭で見せる必要がある。

    ここでいう期待は、必ずしも「幸せになってほしい」だけではありません。
    読者の中に、「復讐」や「立身出世」など、主人公に到達してほしい結果が生まれる状態です。

    細かな展開はわからなくても、何が達成されたときにカタルシスが生まれるのか、どんな変化を最後まで追う物語なのかは見える。

    つまり、物語の入口でありながら、その作品全体の設計図まで同時に見せている。

    私はここが、以前とは大きく違うところなのではないかと思っています。

    ●1話目で「この物語はどこへ向かうのか」が見える

    考えてみると、この構造は今の環境ではとても親切です。
    一話目を見れば、その作品から今後どんなカタルシスを得られそうなのかがわかるからです。

    もちろん、本当の結末まで教えるわけではありません。

    でも、

    何がひっくり返れば気持ちいい作品なのか。
    主人公の何が報われてほしいのか。
    どんな状態へ向かっていく物語なのか。

    その方向だけははっきり見える。

    私はこれを、「物語の骨格が見える」という感覚に近いと思っています。

    たとえば家を建てる時も、壁紙や家具が入っていなくても、柱が立てば「この家はこういう形になるんだな」とわかります。

    最近の人気作の冒頭って、それにとても近い。

    細かな展開はわからない。
    誰と誰がどうなるかもわからない。

    でも一話目で柱だけは立っている。

    だから、
    「なるほど。この物語は、この方向へ進むのね」
    と理解できる。

    昔なら、主人公の日常や世界観を少しずつ見せて、「この先どうなるのだろう」という未知そのものを引きにする作品も多かったと思います。

    でも今は、
    「読み続ければ面白くなります」
    だけでは、そこまで待ってもらいにくい。

    だから、本題へ入る速度だけではなく、物語そのものの方向を理解してもらうまでの時間も短くなっているのではないでしょうか。

    ……と、ここまで偉そうに書いていますが、
    私は出版社の編集さんも太鼓判を押すくらいに冒頭が下手です。

    書籍でも、編集さんが「この冒頭のわからなさを、どうすれば読者さんにわかりやすくできるか」を私へ説明するのに相当苦心されていました。

    それくらい、自他ともに認める冒頭雑魚作家なので、
    理屈はわかるんです。
    ものすごくわかる。

    でも対応できる気がしない。
    つらい……(´;ω;`)

    ●「面白いか」より先に「自分の時間を使う価値があるか」を見ている

    では、なぜこんな構造が増えているのか。

    私は、作品があまりにも増えたからではないかと思っています。

    今は小説だけでも、書店へ行けば新刊が大量に並び、Webを開けば無料で読める作品がいくらでもあります。
    そこへ漫画、アニメ、映画、ドラマ、YouTube、SNS、ゲームまで入ってくる。

    面白い作品が希少なのではありません。
    面白そうなものが多すぎるんです。

    そうなると、コンテンツを選ぶ側の判断基準は、
    「これは面白いのか?」
    だけではなく、

    「これは自分の時間を使う価値があるのか?」
    「自分に合うのか?」

    へ移っていくのだと思います。

    候補が多すぎる以上、すべてに触れてから面白さを判断することはできません。

    Web小説では、これまでその判断を助けていたのが長文タイトルやあらすじ、キャッチコピーだったのだと思います。

    タイトルを見れば、「追放された主人公が活躍する話なんだな」「これはスローライフものなんだな」と、作品を開く前からある程度の内容がわかる。
    あらすじやキャッチコピーまで読めば、自分が好きそうな物語かどうかをさらに絞り込める。

    長文タイトルが広がった背景にも、「この作品では何が読めるのか」をできるだけ早く伝える役割があったはずです。

    ところが、その方法が定着して作品数も増えれば、今度は似たタイトル、似た設定、似たあらすじが大量に並び始めます。

    「追放された」「実は最強だった」「のんびり暮らしたい」「悪役令嬢に転生した」。

    タイトルだけを見れば何が読めるのかはわかる。

    でも、同じような作品が何十、何百と並んだとき、
    「その中で、自分が読む価値のあるものは何か」
    まではタイトルだけでは判断しにくくなる。

    以前は作品を選ぶための情報として十分だった長文タイトルやあらすじだけでは、今は選びきれなくなってきているのではないでしょうか。

    そこで、物語の冒頭そのものにも、作品の価値を早く提示する役割が求められるようになっているのだと思います。

    実際、『ふつつかな悪女』も、冒頭で物語の骨格が見えた瞬間に、
    「あ、それなら見たい」へ変わりました。

    それまでの印象がどうだったかではなく、実際に物語が始まって、「この作品が何を見せてくれるのか」がわかったことで、その先を見る価値があるかどうかを判断できたんですよね。

    ●だから「展開が早い」だけでは足りない

    今は事件を早く起こせばいいだけでは足りません。

    大事なのは、その事件によって、
    「この主人公がどうなったら気持ちいいのか」
    「この物語は何を見届ける話なのか」
    まで見えることです。

    面白そうな作品がいくらでもある今、判断材料が見えるまで待ってもらうこと自体がとても難しくなってきています。

    最近、長大な作品よりも、ひとまとまりの満足を早く得られる作品が選ばれやすくなっているように見えるのも、同じ変化の延長にあるのかもしれません。

    私は「展開を早くしよう」と考えると、どうしても場面を削ったり事件を前倒ししたりすることを考えてしまいます。
    でも、本当に早くする必要があるのは、そこではないのかもしれない。

    「この作品は、自分に何を提供してくれるのか」
    その答えにたどり着くまでの距離。

    今、短くなっているのは、物語そのものより、そちらなのではないかと思っています。


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    書籍化作家で、マーケター歴20年。 なのに中身はだいぶ繊細気質。 創作の裏側や、読まれる仕組み、時々ちょっと人生の話。 うまく言えない感情を、言葉にしていく場所です。

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