
続続・ある平和なひとときの記録
宝生糊田馬(ほうしょうのりたま)は池袋西口公園にいた。
ノリタマは石田衣良氏のウエストゲートパークシリーズを読んで、そこが西口公園だと知った。
それまでは、その場所は単なる空き地だと思っていたのだ。
ノリタマにとって公園とは、ブランコと滑り台が必須のアイテムだった。
別に用があるわけではないのに、つい立ち寄ってしまう場所だった。
ノリタマは公園の外周にそって設けられた鉄棒に腰を下ろした。
この腰掛は愛好者が多く、すき間を見つけて座った。
1メートルほど隣で、濃紺のスーツに身を固めた中年男性が、バナナの皮をむいていた。
この場に似つかわしくない服装で似つかわしくない食べ物だと、ノリタマは思った。
しかしよく見ると、男がバナナをむいて口に入れた瞬間、皮が消えてしまう。
皮ごと食べたのかと思ってじっと観察していたのだが、バナナの皮と中身が口元で消えてしまう。
5秒ほどの間隔でこれを繰り返しているので、本当に皮ごと食べているのだとしたら、ノリタマが数え始めてから37本目ということになる。
何事にも動じないことを信条としてきたノリタマだったが、思わず口をポカーンと開け、ヨダレを垂らした。
そのタイミングで、男はノリタマを振り向き、にっと笑った。
男はポケットからコインを取り出すと、手のひらに乗せて握り、再び開くとコインは消えていた。
男は腰掛手品芸人だったのだ。
男は再び新しいバナナを取り出して話しかけてきた。
「キミ、バナナはね」
ノリタマは不覚にも感動してしまって、ポケットを探って取り出した十円玉を投げ銭として男に差し出しそうになった。
「バナナはね、完全栄養食って知ってるかな?」
男はノリタマの手を制して言葉を続けた。
我に返ったノリタマは、
「違う」
と思った。
バナナは確かに栄養豊富で、繊維質も含まれているので便通にも良い。
が、完全栄養食ではない。
「バナナだけ食べ続けると、満腹のまま餓死するらしいですよ」
ノリタマはバナナ界隈で語り継がれる都市伝説を披露した。
今度は男が目を丸くして口を開いた。
前歯が2本欠けていた。
ノリタマはポケットから、細長いチューブを取り出し、男に差し出した。
先日、通販で大量大人買いした、完全栄養食『チュールペット』だった。
そのとき、視界の端を大きな黒い影が横切った。
ク、クマ!?
ついに池袋に熊が上陸?
……ではなかった。
幻覚とは恐ろしい。
黒い大きな影は、黒い小さな猫だった。
猫はノリタマの足元にすり寄ると、
「チュールペットをくださいな」
と、
きびだんごを桃太郎にねだる犬の真似をした。
平和な公園の隅っこに、滑り台で遊ぶ子どもたちの姿が浮かんだ。
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