
他人の成功に焦る気持ちは、目の前の激務が奪っていた
noteを始めてからというもの、
SNSのタイムラインが常に気になってしまいます。
おすすめに流れてくるのは、noteで、Xで、SNSで何百万稼いだ、何千万、何億円稼ぐためのロードマップといった景気のいい言葉ばかりです。
自分が参考にしようとフォローした先人たちの輝かしい成果に、なんだか自分がすり潰されるような気持ちになる日があります。
嫌なら見なければいい。
頭では分かっています。
でも、彼らの発信は、確かに参考になりすぎるのです。
完全に術中にハマっている自覚はあるけれど、見ないと自分が損をするような気がして、今日もまた無意識に画面をスクロールしてしまいます。
実世界に目を向けても、似たような焦りがあります。
周りの同級生や同年代の人たちは、次々と独立を果たしたり、自分のマンションをリノベーションしたり、所属する事務所以外で個人の仕事を獲得したりして、目に見える形で前に進んでいます。
それに引き換え、私はどうでしょうか。
ただ置いていかれているような感覚ばかりが募ります。
目の前のプロジェクトのToDoリストが果てしなく積み上がり、現場が動くフェーズはまだまだ先に感じるとき、
このまま一生、ただ図面を引き続けるだけで終わってしまうのだろうか。
そんな途方もない不安に襲われる夜があります。

(模型作成・撮影:筆者)
規模の小さな案件をテンポ良く数多くこなすような職場に転職すれば、この焦燥感は紛れるのかもしれません。
けれど、今の仕事を投げ出して、まだまだよちよち歩きの新人たちに任せて辞めるような責任感のない仕事の仕方は、私が私を許せません。
何より私自身がこの建物の竣工を一番楽しみにしているのだから、こんな中途半端に終わりたくない。
だから、転職する勇気も出ない。
情けない。
だけど、ここで投げ出す自分はもっと許せない。
そんな感情の間で、ずっと揺さぶられています。
やるべきことを、淡々とやる。
たったそれだけの、当たり前で簡単なことすらできずに、いったい自分は何をうだうだとこぼしているのでしょうか。
まずは目の前にある別荘なり、ホテルなりの仕事をひとつひとつ進めていくしかないことくらい、自分が一番よく分かっています。

道のりの遠さにめまいがする
(撮影:筆者)
しかし、来年の着工に向けて実務が本格化し、あまりの仕事量に忙殺される日々を送っていると、いつの間にかタイムラインの数字を気にしている余裕すらなくなっていました。
先に述べた、彼らへの憧れや尊敬は嘘ではありません。
ただ、目の前の圧倒的な現実と真摯に向き合い続けたことだけが、結果的に、あの得体の知れない焦燥感を忘れる方法だったのかもしれません。
とはいえ、そのプロジェクトが終わったらどうするのか。
もっと先の未来は、と問われるのであれば、やはり行く先の見えない不安には襲われます。
途方もない焦りと、ほんの少しの達成。
結局はその波を繰り返しながら、
なんとか進んでいくしかないのかもしれません。
気の利いたオチも、プロとしての有益な教訓もここにはありません。
あれこれ考えては解決するでもなく、
仕事の波に飲まれては消えゆく。
そんな泡沫の想いを、
今日はただここに書き殴っておきます。

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