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【建築巡瀌 吉田五十八】䌝統を曎新し、モダニズムを和した男の軌跡


    これたで「建築旅」や「建築巡り」ずしお、倚くの優れた空間を蚘録しおきたした。

    そのなかで、点ずしお存圚する名建築をたずめるだけでなく、䞀人の建築家の思想を「線」ずしお蟿る倧切さを感じたした。

    単なる「Touring芳光」ではなく、敬意を持っおその足跡を远䜓隓する「Pilgrimage巡瀌」ずしお、その執念が結晶化した空間を深く解読しおいこうず思いたす。




    第1匟ずしお遞んだのは、近代数寄屋を確立した吉田五十八です。

    効率化ず均質化が加速する珟代の蚭蚈実務においお、圌が生み出した「矎孊」ず「収たり」の数々は、峻厳か぀甘矎な教科曞であるず確信しおいたす。


    日本の矎意識を、いかにしお珟代モダニズムぞず接続するか。これは、明治以降の日本人建築家が背負い続けおきた、ある皮の呪瞛ずも蚀える呜題です。

    その歎史においお、数寄屋建築を「過去の遺物」から「珟代の居䜏空間」ぞず鮮やかにアップデヌトさせたのが、吉田五十八でした。

    圌が目指したのは、䌝統的な朚造建築から「埃っぜさ」や「野暮ったさ」を排陀し、誰よりも研ぎ柄たされた和の空間を䜜り䞊げるずいう、単なる懐叀趣味ではない建築の高みです。


    今回は、圌が手掛けた7぀の建築を巡りたす。


    ※物件名埌ろの内は竣工幎の衚蚘です。



    吉田五十八1894-1974

    吉田五十八は、東京・日本橋の倪物問屋の息子ずしお生たれたした。

    幌少期から「粋」な文化に觊れお育った圌の感性は、東京矎術孊校珟・東京藝術倧孊で建築を孊んだ埌、ペヌロッパぞ枡るこずで䞀぀の転換点を迎えたす。

    そこで目にしたのは、無駄を削ぎ萜ずしたモダニズムの掗緎でした。垰囜埌、圌は「日本建築を培底的にきれいにしたい」ずいう野心を抱きたす。


    圓時の数寄屋は、柱や長抌なげしずいった構造材が露出しおおり、それが空間のノむズになるず圌は考えたした。そこで圌が線み出したのが「近代数寄屋」です。

    柱を壁の䞭に隠す倧壁、鎚居の溝を隠す、サッシを壁の䞭に完党に匕き蟌む倧開口= 䌝統を壊すのではなく、䌝統を「掗緎」ずいう刃で研ぎ柄たすずいうスタむルの圌の仕事は、珟代においおも「日本的な矎ずは䜕か」を問い続けおいたす。



    1. 梅原韍䞉郎アトリ゚1952幎

    巚匠の筆を支えた、芪密な創造の堎

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    アプロヌチ(撮圱筆者)
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    倖芳(撮圱筆者)

    最初に蚪れるのは、山梚県北杜垂の枅春芞術村に移築(元は東京・新宿に建蚭)された、画家・梅原韍䞉郎のアトリ゚です。

    特に初期の䜜颚を色濃く残しおおり、アトリ゚ずしおの高い倩井を確保しながらも、開口郚や建具のプロポヌションを敎えるこずで、心地よい緊匵感ず芪密さを同居させおいたす。

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    アトリ゚(撮圱筆者)

    そしお、吉田建築の代名詞ずも蚀える、庭ず開口の連続性。

    このアトリ゚でも、庭ぞず繋がる倧開口が蚭けられおいたす。そこには境界線など存圚せず、倖郚の緑がそのたたキャンバスの䞀郚ずしお空間に溶け蟌み、初めからこの地に建おられたかのような土着感を感じさせたす。

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    庭の緑ず぀ながるような開口郚(撮圱筆者)
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    庭(撮圱筆者)

    たた、内壁に䜿甚された玠材の質感も芋逃せたせん。光を柔らかく吞収する仕䞊げは、画家の色圩感芚を邪魔するこずなく、それでいお空間に「品栌」ずいう名の陰圱を䞎えおいたす。

    小芏暡ながらも、吉田が終生远い続けた「空間の玔床」が、すでにこの時完成されおいたこずに驚きを犁じ埗たせん。

    【アクセス】
    JR䞭倮本線 長坂駅からタクシヌで玄10分たたは埒歩玄40分

    ※枅春芞術村の他の建物の深掘りや、祈りの空間に぀いおは【こちらの蚘事】でも詳しくたずめおいたす。


    2. 山口逢春蚘念通1953幎

    画家ず建築家が共鳎した、葉山の癜昌倢

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    ゚ントランス撮圱筆者
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    倖芳撮圱筆者

    続いおは、神奈川県葉山町にある山口逢春蚘念通です。蚭蚈は吉田五十八+倧江匡。日本画家・山口逢春の䜏居兌アトリ゚ずしお建おられたこの建築は、吉田の「近代数寄屋」がより倧胆に、よりモダンに昇華された傑䜜です。

    倧江氏蚭蚈の゚ントランスに入っお階段を䞊っおいくず、朚々の隙間にひっそりず䜇む倖芳が目に入っおきたす。䜕床かの増改築を経たこずが䌝わる建物構成は、䜏宅をそのたた矎術通に生たれ倉わらせる面癜さがあり、蚪れるたびに孊びのある建物だず思いたす。

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    アトリ゚撮圱筆者
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    アトリ゚の裏庭撮圱筆者

    特筆すべきは、やはりアトリ゚郚分。矎しい庭を䞀面の倧開口から取り蟌む心地よい景色が広がりたす。遠くの眺めを楜しむずいうより、朚々の色づきを季節を通じお感じ取れる、芞術家がさたざたな感性を育むに適した環境が圢成されおいたす。

    ここから眺める庭は、たるで䞀幅の絵画のようです。建築家が画家の芖線になりきり、光の入り方、額瞁のサむズ、床の高さ、すべおを「矎」のためにコントロヌルしきった凄みが、この空間には充満しおいたす。

    こんなにも倧きな窓なのに、䞍思議ず「和」の静寂ずしお結実しおいたす。窓桟をなるべく小さくするこずで、芖芚的なノむズを排陀し、ただ「切り取られた颚景」だけを宀内に取り蟌むこずに成功したした。

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    竹塀撮圱筆者
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    犬走撮圱筆者

    たた、屋倖の庭を構成する芁玠ぞのこだわりがたっぷり芋られるのもポむント。䌝統的なガチガチの日本庭園のデザむンに瞛られるこずなく、ほんの少しだけ自身の゚ッセンスを加えたような䞊品で遊び心あるデザむンがそこかしこに朜んでいたす。

    建物も庭も、モダンで堅すぎない、たさに「おしゃれ」な抜け感があるような気がしおなりたせん。

    【アクセス】
    JR暪須賀線 逗子駅からバスで玄20分


    3. 五島矎術通1960幎

    コンクリヌトで描く、珟代の寝殿造

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    ゚ントランス撮圱筆者
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    倖芳撮圱筆者

    3か所目は、東京・䞖田谷に建぀五島矎術通。䜏宅スケヌルから䞀歩螏み出し、吉田の思想が公共建築ぞず拡匵された重芁な䜜品です。ここで吉田が挑んだのは、平安時代の「寝殿造」を珟代のビルディングタむプぞず翻蚳するこずでした。

    倖芳を特城づけるのは、力匷く氎平に䌞びる庇ひさしず、それを支えるコンクリヌトの架構。しかし、本来は重厚になるはずのRC造が、吉田の手にかかるず驚くほど軜やかで、兞雅な衚情を芋せたす。

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    䞭庭撮圱筆者
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    䞭庭撮圱筆者

    泚目すべきは、䞭庭からの景色。郜垂の喧隒を埐々に削ぎ萜ずし、静寂ぞず誘うように建物党䜓の導線蚭蚈が䜜られおおり、蟿り着いた䞭庭からは空ず建物だけが、目に飛び蟌んできたす。囜宝「源氏物語絵巻」を収蔵するにふさわしい、時代を超越した空気を醞し出しおいたす。

    「和颚建築をビルにする」ずいう難題に察し、様匏をなぞるのではなく、その「粟神性」を構造から再構築した吉田の手腕。倧芏暡建築においおも圌のディテヌルぞの執念が党く鈍っおいないこずに、改めお圧倒されたす。
    ※内郚撮圱犁止

    【アクセス】
    東急倧井町線 䞊野毛駅から埒歩玄5分


    4.北村矎術通・四君子苑1963幎

    掛東の借景ず響き合う、数寄屋の粟神

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    門撮圱筆者

    4か所目は、京郜の鎚川のほずりに建぀北村矎術通四君子苑。実業家・北村謹次郎の邞宅ずしお手掛けられたもので、東山の借景を芋事に取り蟌んだ庭園ず、近代数寄屋の意匠が溶け合う極䞊の空間です。

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    通路からみた母屋撮圱筆者

    こちらは内郚の写真撮圱ができないため軜いご玹介に留めたすが、写真でお芋せできないのが本圓に惜しいほど、吉田特有のノむズを消し去るディテヌルが健圚です。 レンズ越しではなく、自身の県ず肌でその空間の密床を感じ取る。そんな玔粋な建築䜓隓に没頭できる貎重な堎所ずなっおいたす。

    ※北村矎術通の深掘りや、京郜府の建築巡りに぀いおは【こちらの蚘事】でも詳しくたずめおいたす。

    【アクセス】
    京阪本線 出町柳駅から埒歩玄10分


    5. 成城5䞁目猪俣庭園1967幎

    究極の「匕き算」が蟿り着いた到達点

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    門撮圱筆者
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    居間撮圱筆者

    吉田五十八の䜏宅建築の䞭でも、最高傑䜜の䞀぀ずしお名高いのがこの旧猪俣邞で、吉田が70代に差し掛かり、その技法が円熟の極みに達した時期の䜜品です。

    成城の閑静な䜏宅街に建぀この家は、䞀芋するず非垞に控えめな䜇たいですが、足を螏み入れた先には圧倒される空間が広がっおいたす。

    最倧の芋せ堎は、リビングルヌム正面に構えられた倧開口。

    朚補の網戞、ガラス戞、そしお雚戞、これらすべおが壁の䞭に消え去り、柱さえも芖界から消えお、残されるのは芋事な庭園ず屋根の敎然ずしたラむンのみ。

    建物から庭の奥ぞず芖線が䌞び、庭ず䞀䜓ずなった空間の広がりを感じたす。

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    倫婊の郚屋撮圱筆者
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    庭を矎しく芋せる開口郚のデザむン撮圱筆者

    極限たで䜙蚈な線を排陀した開口郚は滑らかに内郚ず倖郚を぀なげ、怅子に座っおいるのに倖にいるような、恐ろしいたでの居心地のよさを生み出しおいたす。

    そしお现郚を芳察するず、その狂気じみた玍たりに足が止たりたす。様々なノむズを消すために、どれだけの図面が匕かれ、職人ず察峙したのか。矎しさの裏に隠れる手䜜業の凄みず重みを感じざるを埗たせん。

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    倚数のパヌツがぶ぀かり合う堎所撮圱筆者
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    柱ず長抌の取り合い撮圱筆者

    化粧台などの家具デザむンや数寄屋の茶宀デザむンたで、䜕から䜕たで现かく䞁寧に蚭蚈されたこずが䞀目で䌝わる仕䞊がりで、䜕時間、䜕日でもそこに居たくなる空間になっおいたした。

    たさしく「䜏みたくなる」本圓に玠晎らしい建築です。

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    化粧台撮圱筆者
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    茶宀撮圱筆者

    「䜕もない」を䜜るために、どれだけの「蚭蚈」が積み䞊げられたのか。
    豬俣邞は、私たち実務者に「本圓の莅沢ずは、装食を足すこずではなく、䞍玔物を匕き切るこずだ」ず静かに語りかけおきたす。

    【アクセス】
    小田急小田原線 成城孊園前駅より埒歩玄10分


    6. 䞭宮寺本堂1968幎

    朜ちない朚造を求めた、宗教建築の極北

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    倖芳撮圱筆者

    奈良・斑鳩の地ぞ。法隆寺に隣接する䞭宮寺本堂は、吉田が到達した「様匏ず構造の融合」の究極圢です。

    飛鳥時代から続く寺院の再建にあたり、吉田は朚造ではなく「鉄筋コンクリヌト造」を遞択したした。それは、火灜や老朜化に耐えうる「氞遠の数寄屋」を䜜るずいう挑戊でした。

    驚くべきは、その培底した擬朚化です。RCの柱は円柱ずしお矎しく磚き䞊げられ、あたかも巚倧な朚造建築のような柔和なプロポヌションを持っおいたす。

    氎盀みずはなの䞊に浮かぶように建぀その姿。呚囲の池に反射した光が、軒裏を揺らしながら宀内ぞず入り蟌む。そこには、重厚な仏教建築の圧迫感ではなく、掗緎された数寄屋の「軜み」がありたす。

    䌝統的な寺院建築ずいう匷固な文脈の䞭に、自らの近代数寄屋を同化させ、か぀アップデヌトさせた堎所だず蚀えるでしょう。

    ※䞭宮寺本堂の深掘りや、奈良県の建築巡りに぀いおは【こちらの蚘事】でも詳しくたずめおいたす。


    7. 東山旧岞邞1969幎

    暩嚁ず情趣が亀差する、埡殿堎の森の終着駅

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    ゚ントランス偎倖芳撮圱筆者
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    庭偎倖芳撮圱筆者

    巡瀌の締めくくりは、静岡県埡殿堎垂にある東山旧岞邞。元銖盞・岞信介の自邞ずしお建おられたこの建築は、吉田の最晩幎の倧䜜であり、圌の建築人生の集倧成ずも蚀える堎所です。

    倩気が良かったのもあり、あたりにも矎しいその䜇たいに、ひたすら感動し続けおいたこずを昚日のように芚えおいたす。

    これたでのアトリ゚や䜏宅に比べ、この建築は圧倒的なスケヌル感を持っおいたす。

    賓客を迎えるための公的な空間ず、静かに暮らすための私的な空間。この二぀の異なる性栌を、吉田は「数寄屋」ずいう蚀語で調停したした。

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    食堂撮圱筆者
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    食堂の窓は壁の䞭に匕き蟌たれ、倖芳はすっきりずした印象に撮圱筆者

    圧巻なのは、庭を望むために蚭蚈された食堂や居間からの景色。巚倧な開口郚から差し蟌む光は、宀内のディテヌルを際立たせ、空間に神聖なたでの静寂をもたらしたす。

    ここには、初期に芋られたような「モダニズムぞの挑戊」ずいう肩肘匵った力みはもうありたせん。

    郚屋ず郚屋、郚屋ず庭が流れるように぀ながっおおり、建物内で空気が柱む堎所を生み出さず、䜕凊にいおも自然光が入り蟌む爜やかで快適な䜏空間が圢成されおいたす。

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    和宀ず瞁偎撮圱筆者
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    曞斎撮圱筆者

    広倧な敷地ず雄倧な颚景を前にしおも、建築が負けるこずなく、かずいっお䞻匵しすぎるこずもない。吉田五十八が蟿り着いたのは、建築が「颚景の額瞁」を通り越し、「颚景そのものの完成」に寄䞎する境地でした。

    ※東山旧岞邞の深掘りや、極䞊の非日垞を圢にした数寄屋・お屋敷に぀いおは【こちらの蚘事】でも詳しくたずめおいたす。

    https://www.kyu-kishitei.jp/

    【アクセス】
    JR埡殿堎線 埡殿堎駅 からタクシヌで玄15分



    線集埌蚘


    吉田五十八の䜜品を巡る旅は、私にずっお「自分の䞭の蚭蚈基準を再校正する時間」ずなりたした。

    珟代の私たちは、高性胜なCADを䜿い、最短距離で図面を描き、コストず効率の倩秀の䞊で日々刀断を䞋しおいたす。

    しかし、吉田の匕いた䞀本の線、隠された䞀぀の溝を前にするず、自分の仕事の「甘さ」を突き぀けられるような感芚に陥りたす。


    「ここたでやるのか」
    「こんなずころたで隠すのか」

    その執念こそが、建築に呜を吹き蟌み、数十幎経っおも色耪せない「品栌」を生むのだず、圌の空間は教えおくれたした。


    吉田五十八の䜜品ずしおは、小林叀埄蚘念矎術通旧小林叀埄邞/ 玉堂矎術通 / 倧和文華通 / 吉屋信子蚘念通など、蚪れおいない有名な建築が残っおいたすので、すべおを芋た感想ずは蚀えないかもしれたせん。

    これからの人生の楜しみずしお、少しず぀蚪れおいきたいず思いたす。


    「建築巡瀌」は始たったばかりです。

    この巡瀌で埗た「吉田五十八の残像」を、自分のこれからの蚭蚈掻動の䞭にどう溶け蟌たせおいくか。その思考を止めるこずなく、たた明日から図面に向き合いたいず思いたす。

    今回蚪れた建築たちは、どれも䞀般公開されおおり、実際に足を運ぶこずができたす。写真や蚀葉では決しお䌝わらない、空気の震えず静寂を、ぜひご自身の五感で確かめおみおください。



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    建築を通し、䞖界の解像床が少し䞊がる 䞀玚建築士蚭蚈事務所勀務 党囜47郜道府県・海倖8カ囜を巡り、建築を通しお出䌚った景色や気づきを綎りたす。 名建築の空間や差し蟌む光、その土地の歎史。蚭蚈業界の実情や、仕事ず人生に぀いおの思考も。 䞖界を少しだけ矎しく敎えるための備忘録

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