
絶罪殺機アンタゴニアス 第一部 #157
アーカロトは眉一つ動かすことはなかった。
デイル・マーロウを介錯した瞬間か。子供たちの末路を見た瞬間か。シアラの惨状を突き付けられた瞬間からか。
もはや自分でもわからない。
何も感じなくなっていた。
意識は明瞭でありながら眠っていた。左腕を失くした痛みを理解しても、痛いとは感じなくなっていた。
苦鳴も、驚愕も、一切なかった。心にさざ波ひとつ立てることはなかった。
完全にノータイムで〈空虚論考〉を振るい、腕だけとなったミーメーシスを打ち払う。どうせまた考えなしに突進してくるに決まっている。お前が死ぬまで何度でも繰り返す。
怒りや憎悪も漂白されようとしていた。無駄だからだ。
だが――ジアドはそこで予測しなかった挙動を取り始めた。
腕を形成するミーメーシスたちが蠢き、組み変わり、姿を変えようとしていた。
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「――始まるヨ、我が導き手。歴史的瞬間だ」
「ふん、いまさらどうこう言う気はないけどね。そこまでして第二大罪の女とやらに尽くしたところで、お前に振り向くとはとても思えないけどねェ。身勝手さが足らないよ、お前。女を狂わせる才能ゼロ。騙されるのはアメリみたいな低能だけだね」
ギドは床にあぐらをかいて葉巻をふかしていた。
その右目には何もなく、闇だけが蟠っていた。全身から出血していたし、憔悴もしていたが、命に関わるような衰弱の徴はない。
直前までカタリスタスの〈接続棺〉に入れられ、神代の医療措置を受けていたのだ。
「おぉ、私は哀しい。報われないことがじゃない。あなたがまだ私を理解してくれないことが、だ。報われなくてもいいんだヨ。むしろ報われないほうが良い。もし報われてしまったら、まるで彼女に尽くしたのは報われるための手段だったみたいじゃないか。馬鹿を言っちゃいけない。愛が足りないヨ、そんな在り方」
「キモ」
「ンフフフフ、正直言っていいかナ? 彼女に会う前にあなたに会っていたら、ぶっちゃけあなたに恋していたような気がするンだ!!」
「おい、勘弁してくれ。今のあたしは銃の引き金を引くのもちょい億劫なんだよ」
「ところで導き手よ、彼はどうするネ? あと腐れなく始末しとくかい? むしろしないとダメなのでは?」
クロロディスが顎を向けた先には、ゼグの矮躯が血塗れで倒れていた。短く浅い呼吸を繰り返している。血の気は失せ、衰弱著しい。
「……なんだいお前、ジアドの勝利を信じてないのかい?」
今後ゼグが邪魔になるとしたら、アーカロトがジアドに勝利し、もどってきた場合のみである。ゼグさえ殺せば、もうアーカロトは絶罪規定に縛られてこちらに何もできなくなる。
「まさかまさか! 二種類の神の干渉をぶつけ合わせることで局所的に加護を無効化する手管には驚かされたが、それだけで私の最高傑作を下すなどあり得ない、と、断言させていただこう! これはね、あなたへの敬意だと受け取って欲しいところなんだよネ」
「ふぅん、本当はアーカロトに勝ち目なんてないけど、それじゃあ賭けが成立しないから? 一応、あのガキが勝利する可能性に備えておくポーズはとっておこう、と?」
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