
絶罪殺機アンタゴニアス 第一部 #158
くつくつと、老婆は嗤う。
「つまりお前は賭けも自分が勝つと確信しているから乗っているわけか」
「もちろんだとも。あなたと違ってリスクジャンキーではないんだヨ。負ける可能性がある博打なんて、とてもとても、恐ろしくて手を出そうなどと思わないネ」
ギドとクロロディスの思惑は、根本から異なる。敵対関係になっていなければおかしいほどに、双方の目的は矛盾している。どちらかが成功すれば、もう一方は決して本懐を遂げられない。
本来ならば、導き手としての強権を有するギドに頭を押さえつけられ、クロロディスに勝ち目などなかった。絶罪殺機の繰り手は、決して自らの導き手の意に反する行動を取ることはできない。
だが――ギドはクロロディスにチャンスを与えた。
〈彼ら〉の存在を知り、その猛威のほどを知り、アンタゴニアスが決着を避けて第五大罪を構築した事実を知ってなお、ギドはクロロディスの思惑を良しとした。
「お前が道化であり、触媒でしかあり得ない理由がわかってきたよ。リスクを飲み込まず、痛みを受け入れられない。すべてを自分の思い通りに運ぼうとする。不安要素の存在を楽しむことができない」
「もちろんだとも。普通のことではないかネ?」
「……いったいそれは、人間から獣性を奪い管理した第四大罪の継嗣どもと何が違うって言うんだい。あたしはごめんだね」
煙を吐く。物憂げに目を細める。
「それが、私に賭けを――チャンスをもちかけた理由かネ? とても理解できないな」
「ゼグを殺すのはナシだ。止血ぐらいはしておやり。あとは生きようがくたばろうが、あたしの知ったことじゃない」
「おやおやおやおや、おやおやおやおやおやおや」
●
紅き神体は、硬質な物体が擦れ合う音と、臓物が蠢くような汁気を帯びた音を同時に響かせながら、一回り小さな人型へと組み変わった。
アーカロトは、それをただ見ていた。向かってきてくれないことには、さっきの戦法は使えないのだ。
すると、目の前でミーメーシスは両手足を大きく拡げ――空間震を放った。物質空間において、唯一光速を越えて伝播する波動現象が、放射されてゆく。
《黙れ》
〈空虚論考〉で叩きのめす。成すすべもなく吹き飛び、衝撃波の惨禍でもって見渡す限りの大地を砕き散らしながら、地平線の彼方まで直進するミーメーシス。
基準界面下を経由して敵の進路上に再出現したアーカロト/アンタゴニアスは、再び闇刃を一閃。空間裂傷を作り出す。
そこへ吸い込まれるように飛び込んでゆくミーメーシス。
これで終わる。今のサイズならば、アンタゴニアスの拳の一撃で確実にジアド本人を叩き潰せる。どこに潜んでいようが、必ず殺し切る。
――だが。
ぽつぽつと、周囲一帯の空間に、波紋が広がった。
直後、罪業場弾体の雨が、片腕を失った黒き竜人の背に降り注いできた。その程度、アンタゴニアスの超出力罪業ファンデルワールス装甲の前には何のダメージにもならないが――
現れたモノ、現れた数を認識したとき、アーカロトの顔が引き歪んだ。
クロロディスの思惑、その全容を、ようやく理解した。
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