
絶罪殺機アンタゴニアス 第一部 #174
意識の在りかについて、人類は長いこと様々な角度から思索と実験を積み重ねてきた。多くは脳にこそ意識があると考えられてきた。新皮質を走る電磁パルスのパターンこそが意識である、と。
だが、今、アーカロトはそれとは異なる悟りに目覚めていた。
――思考しているのは、全身の神経細胞すべてである。
感情を発生させている主体は、脳ではなく全身である。微小管の内部で起こっている量子力学的作用が、意識を生んでいる。脳はそれら全体的思考活動の重要な結節点ではあるが、それそのものではないのだ。
一方、絶罪殺機の神経は、量子エンタングルメントを活用した疑似的超光速通信網である。
この二つがひとつの意識のもとで接続され、「星の質量が乗った勁力」という因子が介在することによって、予期せぬ作用を生み出した。
――覚悟が、必要であった。
それは、このままジアドに殺され、ミーメーシスの大量召喚を許し、人類が滅びるという結末を受け入れる覚悟である。
受け入れるしかないのだ。今ならわかる。絶罪支援機動ユニットの組み換えで形成した拳銃をもって、ミーメーシスの神体を破壊した時。
あのとき、「七分の一の賭けを外した」と考えた。だが違う。あれは必ず外れるのだ。コペンハーゲン解釈に支配されたこの宇宙において、ジアドを殺す企ては自動的に失敗する。今まで紙一重で仕留め損なってきたのではない。必ず失敗してしまうのだ。
ではどうすればいいか。
アンタゴニアスの総身に、人類揺籃の星の大地力が漲る。それは量子エンタングルメント回路で多重伝達され、胸部に内蔵された並列多元罪業変換機関の出力バランスに狂いを生じさせる。
単一の時間軸の存在しか認めない摂理を破壊する、ある存在が生成される。
一人の老婆が生涯をかけて追い求めた、宿業の破却手段。
それがアンタゴニアスの経絡を伝達し、星の質量を受けて変質する。質量と距離と時間は、相対性理論の世界においては相互に変換可能であり、またそれらの合計は必ず等しくなる。
〈トリスケリオン〉が、波動関数の収束を阻害する。
因果律上の矛盾を、許容し、肯定する。
《亥世発勁――》
この自分が。
この世界が。
救われないということを受け入れる。
大地を滑るように、全身を射出する。祈るように。悼むように。
《――須弥葬送》
トリガーを、引く。星勁の宿りし矛盾律が、光情報に変換され、撃ち出される。
ここに、銃機勁道の秘奥は、人類史上初めて実現を見た。
人の身では不可能であった悲願を、人造の神が人の意志において果たした。
その現象に、名前はない。今まで一度たりとも起こらなかった代物だから。説明できず、実証できない。
それは、行使した本人には何ら恩恵のない絶招であったから。
対数螺旋の射撃フォームから撃ち放たれた光線は、ミーメーシスに命中し――特に何も起こらず霧散した。
《あぁ……》
嘆息する。
《どうやら俺たちは、賭けに負けたようだな》
アンタゴニアスの、妙に満ち足りたような声に、頷く。
《そもそも賭けじゃないよ。僕たちは、ここで終わるんだから》
だけど、それで、いいのだと。
今では静かに認められる。
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