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絶罪殺機アンタゴニアス 第一部 #154

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     浮上してくる。何事もなく。傷一つなく。
    《僕の名前はジアドです。僕の名前はジアドです》
     接近してくる。
     ゆっくりと、あまりにも速く。
     ――推論は、すでに立っていた。
     これもまた時系列を狂わせる罪業場による作用だ。ジアドを認識する者の脳内で発生する、コペンハーゲン宇宙観の過剰干渉効果である。
     ジアドの行動速度が速い場合と、遅い場合と、それらの中間の無数の段階の場合。すべての場合がひとつの世界の中で重ね合わされているのだ。速く、かつ遅い動きという、背反する波動関数を強引に収束させている。
     封印主義が台頭する前のフラットな量子力学の考えに則るならば、「ジアドは速く動く場合もありうるし、遅く動く場合もありうる」というごくごく当たり前の命題でしかありえないのだが、神の見えざる手の干渉によって矛盾する事象が同時に成立しているように錯覚させられているのだ。
     そして、この錯覚を解く手段はない。宇宙の外にいる神を殺せばどうにかなるのだろうが、どうすればそんなことができるのか想像もつかない。
     ゆえにアーカロトは、アンタゴニアスの記憶領域にある贖罪神機の詳細スペックからミーメーシスの最高速度を推察し、常にフルスピードで動くものとして行動することにする。それ以外の「遅く動いたかもしれない可能性」をアンタゴニアスの側で解像度を落とし、区別できるようにしておく。
     すると、敵の動作がはっきりと理解できた。
     悠々と半身になって回避。紅き禍津神が闇色の帯を曳きながら通過してゆく。直後、遅く動いた場合に波動関数が収束した結果が現象化し、目の前にミーメーシスが出現。掴みかかってくるが、これものけぞって回避。かすりもしない。
     生身では勝ち目など一切なかった相手だが、己の乗機のスペックを理解し、最大限活用できるアーカロトに対し、ジアドは単なる身体の延長としてしか使っていない。その差が如実に表れていた。
     その後も力任せの雑な攻撃を幾度も回避。亜光速で振るわれるミーメーシスの四肢が先端に近づくにつれ青方偏移し、凄艶なるグラデーションを描く。壮絶な衝撃波が生きる者のない大地をあたり一面爆砕し、地形を永遠に変える。すべて無視。
     敵との相対位置を慎重に調整する。
     まったく同時に絶罪支援機動ユニットたちはジアドを囲むように配置につき始める。
     その瞬間、何の前触れもなくミーメーシスは消滅した。スイッチが切れるように、アンタゴニアスの複合センサーから姿を消した。
     ――来たか。
     すでにそれは見た。分身体(この表現も本当は間違いだ。すべて本物なのだから)が出現する前兆。ゼグの証言から、最低一分は必要となるらしい。
     好都合。
     ジアドの不可解な無敵性がいかなる機序によるものなのかは不明だが、次に放つ罪業兵装を喰らわせた際の挙動によって恐らく解明できる。
    《ヒッグス場へ干渉。エネルギーポテンシャルの下限を限定解除。絶罪支援機動ユニットに二次的ポテンシャル極小値の形成をコマンド。トリガーは敵生体の再出現とする》

    【続く】


     
     
    小説書きでミニチュアゲーマー。おもにSFを好み、三度の飯よりセンスオブワンダーが好き。小説が面白かったらフォローしておくれ。なにかあればツイッターアカウントのDMからどうぞ。https://twitter.com/shu64737980

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