
絶罪殺機アンタゴニアス 第一部 #153
アーカロトが真っ先に取ったのは、ゼグを守るための行動だった。
アレをゼグの視界に入れてはならない。
基準界面下から物質空間へと浮上。
〈ウトナピシュテム〉の上で、ソレと正面から対峙する。
アーカロト自身の精神を保護するため、その紅き神体の解像度だけが意図的に落とされていた。おおまかな形状はわかるが、細かいディテールはもはや認識できない。
体格はアンタゴニアスとほぼ同等。胴回りが細く、前腕や膝下が分厚い体つき。黒い涙のごとき帯状罪業場が全身から伸び、揺らめいている。
そして、その色彩。重力場を通過した光が赤方偏移するように、装甲が腐った血の色に染まっている。
《対象の光学的情報の五次元スペクトル分析が完了。ニューロンや生体論理回路に損傷を与える情報のみを遮断》
途端、脳裏に投影される映像の解像度が跳ね上がる。大小さまざまなパーツが緊密に絡み合い、接続し合っていた。のっぺりした平面的な部分が一切なく、ごちゃごちゃと複雑な陰影が全身を覆い尽くしている。
生物的な嫌悪感を催させる佇まい。
贖罪神機ミーメーシス。その集合体。
可視光を歪ませながら接近してくる。
《おひさしぶりです。あなた! その機体を僕に下さい。殺しません。お世話になっております》
ただの音ですら、その波長を二次元的に表現できない異常性を孕んでいた。声を聞くたびに、アーカロトの精神は鑢をかけられるように損傷していった。
《……黙れ》
だが、わかったから。
その声が、決して忘れようもなく記憶に染み付いた青年のものであることだけは。
《殺してやる》
《頑張ってください。無理ですよ。頑張ってください。無理ですよ》
アーカロト/アンタゴニアスは〈空虚論考〉を伸長。効かないことはわかっていたが、ともかく〈ウトナピシュテム〉の付近で戦うことは避けたかった。外力では動かされないジアド/ミーメーシスを突き飛ばす。
突き飛ばそうとする。
だが、奇妙に緩慢な動きで横にかわされた。闇色の帯が追随するように揺らめく。アンタゴニアスの複合センサーをもってしても、その動作速度は計測できなかった。
光速で伸長する〈空虚論考〉を回避したのだから、それ相応の速度ではあるはずなのだが、見た目の印象は異様にゆったりしている。
かつて生身で対峙したときに見せた動きだ。速いのか遅いのかすらわからない体裁き。
だが。
不可能色彩の刃が、直角に曲がった。さらに二度ほど屈折する。
ミーメーシスのくびれた腰に巻き付き、拘束する。
《飛べ》
黒き竜人は空中で横回転。十分な遠心力がつくや、〈空虚論考〉の拘束を解き放つ。
狂風を纏いながら吹き飛んで行くミーメーシスを追って、アンタゴニアスは基準界面下潜航。超光速機動によってジアドの背後に出現。
大上段から闇刃を一閃。地面に叩き落とす。
激突し、クレーターを作りながら停止する――などという尋常な物質のごとき挙動を、ミーメーシスは取らなかった。ただ大地の土砂や岩を押しのけ破壊しながら一切速度を減衰させずに数百メートルを直進し、その後自身の罪業推進炎で停止した。
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