
絶罪殺機アンタゴニアス 第一部 #102
「……あァ、あんたかい」
壁に背を預け、常のように葉巻をくゆらせる老婆の足元に、ひとつ影がかかった。
「アメリは確保したそうだ。ようやく〈トリスケリオン〉の製造に目途が立った。世界は変わるよ。どいつもこいつも目をギラギラさせてる時代がやってくる」
《ギド? 急にどうしたんだ。そこに誰かいるのか?》
「やかましいね、ちょっと古い知り合いがそこにいるんだよ。お前が気にすることじゃない」
現れた人影は、言葉を発することもなく、みじろぎひとつせず、ただ佇んでいる。
「なんだい、黙りやがって。らしくないねぇ」
言いながら、振り向く。
一人の男が、張り付いたような満面の笑みを浮かべてそこにいた。
ギドは一瞬、眉を顰め――
次の瞬間、首筋に熱と衝撃を感じ、意識が暗転した。
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アンタゴニアスを着地させ、甲零式機動牢獄の残骸を地面におろすと、アーカロトはギドに指定された合流地点に走った。
「ギド! どうしたんだ! 何があった!」
声は空しく反響する。
黒き巨神の威容に気圧され、遠巻きに見てくる人々を尻目に、アーカロトは周囲を見渡す。
そこへ、ぱち、ぱち、ぱち、と拍手が空々しく響いた。
「いやいやいや、お見事お見事! アメリ・ニックラトル・ヴァルデスの駆る甲零式機動牢獄は、恐らく最強の零式のひとつだ。それをあぁも容易く下すとは! いやいやいやまったくまったく、脱帽するしかない武力じゃないか、えぇ? アーカロトくぅん?」
そこにいたのは――かっちりとしたスーツを着こなした伊達男風の壮年男性。
張り付いたような満面の笑みを浮かべながら、カールを描く口髭をしごいている。
アーカロトは、眉をひそめた。
「……あなたは誰だ? なぜ僕の名前を知っている?」
この男に見覚えなどまったくなく、声に聞き覚えなど一切なかった。
間違いなく初対面だ。断言できる。
「おやおや、おやおやおやおやおや、これは失敬失敬、そうだったねェ、私と君は初対面だったねェ~~~~うっかりうっかり。私はクロロディスという者でねェ、罪業場についての研究事業に出資しているという設定だったんだけどもう今更どうでもいいかなって」
何を言っている?
「ここに、お婆さんがいなかったか。大切な用があるんだ」
「お婆さん? それはそれは、これのことかな?」
男が、何かを差し出した。
一抱えほどもある、何かを。
最初、作りものだと思った。
悪趣味な男だ。いったい何がしたいんだ。人の生首の模造品なんか出して、こちらを驚かせたいのか? お話にならない。関わるだけ時間の無駄だったようだ。
だけど。
それが、あまりに精巧で。まるで眠っているかのように静謐な老婆の青白い表情に、わけもなく戦慄し。
だからアーカロトは、反射的に拳銃を抜き放った。
「何を……」
クロロディスと名乗る男の額を、ぴたりとポイントする。
「何をしている!」
「ふむ、何を、ね。どうして私がわざわざギド氏の首を刎ねて血を抜き、君に見せびらかしているのかというと、なんというか、その、ふふ、身もふたもなくてすまないんだが、ハハハ、いわゆる時間稼ぎという奴でねェ」