
絶罪殺機アンタゴニアス 第一部 #103
「時間稼ぎだと……?」
問い質したいことが多すぎて一瞬頭が空転する。
自分でも意外なほど、ギドの生首を前に平静を失っているのを自覚した。
「アーカロトくぅん、君は疑問に思ったことはないかネ? どうしてこの〈美〉セフィラは今まで維持されてきたのであろうか――と」
こちらの質問に答えず、まるで関係がないとしか思えない話を始めだす。
もう無視して首だけ奪うか。あれが本物かどうかを確認したい。
「おやおやおやおやおや怖いなぁ、近づいてきてどうするつもりかネ? 自慢ではないが私は貧弱そのものでねェ、きっと君には造作もなく負けてしまうだろう。弱者を労わりたまえよ、ヒーローの条件だろう? エッ? それはそうと話の続きをさせてもらうが、ここは他のどのセフィラと比べても、圧倒的なまでに〈原罪兵〉への依存度が低いんだ。恐らく、完全に彼らを排除したとしても、いくたりかの餓死者が出こそすれ、社会秩序の崩壊にまでは至らないとさえ言われているし、私もそれは正しい見解だと思う。この異様な状況がなぜ成立しているのかと言えば、アメリ・ニックラトル・ヴァルデスのクローンの一体に「複雑性の原理」を用いて罪業を集積させ、異常なまでに大出力のエネルギーソースとして活用できていたから――と、いうことに表向きはなっている」
「表向き?」
「アハハハアハアハ、当然だろう? そんな、所詮は個人で担える程度の罪業で、この〈美〉セフィラ二千万人の生活インフラを維持なんてできるわけないじゃァないか。過剰な神格化は、その違和感をもみ消すためのゴリ押しさ。神様仏様アメリ様ならばそのような奇跡も可能に違いない――ってネ」
「結論を言え! その首は本物なのか!?」
「私だよ」
「は?」
「アメリちゃぁんは表番長で、私が影番。そゆことだネ」
「あなたが〈美〉セフィラすべてのエネルギー源だとでも!?」
「そう言ったヨ? ついでに言うと――」
男は首をぞんざいに投げ捨て、顔を両手で覆ってこねくり回した。
「何を……」
一瞬、クロロディスと名乗った男を無視して首の検分に向かおうとして――
「ばぁ」
飄げた仕草で男は両手を開き、顔を晒した。
「――アメリは僕の愛する人だ。愛しいあの女を殺した君を、決して許さない!」
そこにあったのは腺病質の青年の顔だった。声まで若々しく変わっている。
アーカロトは眉を顰める。顔面に何らかのサイバネを埋めているのか? それにしても、ここまで完璧に別人になれるものなのか?
「彼女はもっともっと輝けるはずだった! いずれこの世界全てを照らす光になれたはずなんだ! どうして、どうして!」
掴みかかってくる青年を、アーカロトは難なくかわして足払いをしかけ、転倒させる。背中を踏みつけ、後頭部に銃口をねじ込んだ。
「質問に、答えろ。ギドはどこだ。よけいなことを言ったら撃つ」
すると、青年は喉を鳴らして嗤いはじめた。
こえらえきれぬ、という風に。おかしくてたまらぬ、という風に。
「そうかい、命がいらないと見える」
「あァ、このくらいでいいかナ?」
その声は、いつの間にか壮年のものに戻っていた。
こつ、こつ、と冷たい足音がして、振り向いた先に立っていた人物を目の当たりにした瞬間、アーカロトは驚愕のあまり自覚が遅れた。
自分の胸を熱い衝撃が走り抜けたことを。肺に開いた大穴から流れ込む血液によって自分が溺れていることを。
そして、成すすべもなく意識は暗転してゆく。
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