
絶罪殺機アンタゴニアス 第一部 #177
誰も見る者のいなくなった朝日に照らされて、美しい青年の姿をした虚無が、空漠たる荒野のただなかに佇んでいた。
天上で繰り広げられている虐殺を、認識しているのかいないのか、その視線はどこにも焦点が合っておらず、その表情は何も物語ってはいなかった。
その姿を、影が覆い尽くす。
全高六百八十メートルの、巨人の影が。
「アーカロトくん」
ジアドはゆっくりと向きを変え、アンタゴニアスに目を向けた。
「これが、僕の答えです」
ナーガリア・クロロディスと、アーカロト・ニココペク。
二人の思いを同時に酌むために。
「『誰の泣かぬ世界の実現』――そんな願いに、一体どういう意味があるのかわかりませんが、そこまで希うのならば、叶えましょう」
――あぁ、きっと。
ジアドの発言に、いかなる裏も、皮肉もない。こちらを怒らせようなどとは、ひとかけらも考えていない。
《誰もいなければ、誰も泣かない。そう言いたいのか》
「はい。ご満足いただけましたか」
言葉を返す気力が、もう胸のどこにも残っていなかった。
ただ、断絶だけがあった。ここまで言葉を交わし、激しく干戈を交え――しかしジアドは、こちらのことをひとかけらも理解しなかった。空しく、無意味だった。
《お前は、いつ消えるんだ》
「お気づきでしたか」
ちょっと思考を巡らせればわかることだ。意識がなく、本来人を行動に駆り立てるはずの報酬系が機能していないジアドが、これまで食事と呼吸をして存在を維持し続けてきたのは、「真の本体」が別に存在しているがために神の見えざる手が因果の帳尻を合わせようとしてきた結果に過ぎない。
つまり、「真の本体」の方には、そのような生存を強制する理不尽な干渉が存在していない。何の欲求も持たず、苦痛を苦痛とも感じない本体は、自らの生存を維持する行動を取らない。
つまり、とっくの昔に死亡している可能性が非常に高い。
「ここにいる僕は、僕の罪業場によってこの世にこびりついた、残り滓のようなものです。ちょっと前に、僕は僕の本体と引き合わされました。不規則にしか呼吸をせず、やせ衰えた半死人でした。特に意味はありませんが殺しました」
声だけが寒々と響いた。アーカロトは、何も反応をする気がしなかった。
「あぁ、そろそろ時間ですね。不正規に現在に張り付けられてきたこの僕の、存在時間が使い果たされようとしています」
アーカロトは、何も言わなかった。
「さようなら、アーカロトくん。最後の最後に、ありもしない自我を求める迷走を終わらせてくれて、そして一貫した目標のために行動するという経験を教えてくれて、ありがとう」
ジアドは艶やかな笑みを浮かべた。
「僕の生涯は、無意味だったよ」
そうして――青年の姿をした因果律の虚無は、この世から姿を消した。
スイッチを切るように。塗り潰されるように。なんの前触れも、なんの痕跡もなく。
一分待っても、二分待っても、分身体が再出現することはなかった。
アーカロトは、何も反応しなかった。
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