
絶罪殺機アンタゴニアス 第一部 #176
――今でも、時折、思い出す。
あのときの決断は、正しかったのだろうか、と。
第五大罪の外殻に埋設されていたミーメーシスたちが一斉に召喚され、従来の仕事を果たさなくなった。銀色の完全球体は破壊され、〈彼ら〉の軍勢はその内部に蠢く害虫どもの粛清を始めた。
絶罪規定に従い、第一の繰り手たるヴァーライド・ジェナナトルと第四の繰り手たるイーヴァルト・キュレレジスが覚醒。猛然と抗戦を開始する。
だが、無論それで勝てる相手ならばそもそも第五大罪を構築して人類社会を隠蔽する必要などなかった。二柱の敗北は必定であった。
――そのはずであったが、二人の駆る絶罪殺機の底力を、アーカロトも見誤っていた。
無限増殖する〈彼ら〉を、しかしヴァーライドとイーヴァルトは一時期地球圏より撃退するまでに至る。
イーヴァルトは、そのまま〈彼ら〉を追って狂乱の空間震を放ちながら深宇宙へと飛び出していった。以降、アーカロトは彼の存在を確認していない。今も死闘を続けているのだろうか。
だが、希望が見えたのはそこまでだった。
第二の繰り手たるユーリビス・フェルルマナが行動を開始。ヴァーライドの注意が自分から逸れた一瞬の隙を突いた。ジアドに貸与していた贖罪神機ミーメーシスの制御権を奪取して十のセフィラを包囲するように展開。無慈悲なる月の女神は残存人類すべてへの捕食行動を開始した。
同時に、イーヴァルトの手が回らなかった〈彼ら〉の個体群も襲来し、事態は加速度的に悪化していった。
そんな天上の戦いを、アーカロトはしかし、どこか当事者意識の欠如した心持で認識していた。
死んでいる。死んでいる。死んでいる。死んでいる。
第二大罪のユーリビスという内憂と、〈彼ら〉という外患によって、人類は滅びようとしていた。さしものヴァーライドも、この状況をコントロールするすべがないようだった。
本来ならば、即座に駆け付けてヴァーライドに加勢すべきなのだろう。だがアンタゴニアスの損傷はかつてないレベルで、地球の重力を脱する力があるかも怪しかった。
「僕は……もう……戦えない」
いま天上で繰り広げられている地獄は、無数に枝分かれした可能世界の一つに過ぎない。他の世界の大半は、ここよりも良い状況なのだろう。
そう思い込もうとして――だけど自分は、そのような観測不可能な慰めで立ち直れるほど合理的な人間ではないことを思い知らされた。
もう何も、できることはない。
《俺たちは、成しうる最善以上のことをした……それは、間違いない……》
アンタゴニアスの声は、震えていた。
《だが……だが……》
アーカロトは答える言葉を持たなかった。
《いや……これでいいのだろう。もしも当たりを引いていたら、きっと俺たちは、外れを引いた「俺たち」のことを悼みながら、徐々に忘れていくだけだったろうから。それは、少しばかり、格好悪いだろうよ》
アーカロトは、答える言葉を持たなかった。
七千年ぶりの陽光が差し込み、地表に鋭い影を刻んだ。
ほどなく、人類は絶滅を迎えた。
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