
絶罪殺機アンタゴニアス 第一部 #179
何時間経ったのか。何日経ったのか。
あるいは、何年経ったのか。
アーカロトは、時間の感覚とは他者を通じて得られるものであることを学んだ。
何の意味もない学びだった。
アンタゴニアスと、ずいぶん長いこと言葉を交わしていない。特別な事情など何もなく、単に話すことが何もないのだ。彼とはすでに人生のすべてを共有していた。
基準界面下にアンタゴニアスを潜ませ、アーカロトは歩みを進めた。その歩調は速くも遅くもなく、姿勢は肩を落としているわけでも意気揚々としているわけでもない。
ゼグの死の際に感じた、己の中から哀しみが喪失していることへの哀しみが、胸に去来する最後の感情となった。
終わってしまった世界の、たまらなくなるほど透明な静寂が、胸を清浄に洗っていった。人間性と言う名の濁りが、ゆるやかに溶け、流れ、いずこかへと去ってゆく。そっと。音もなく。穏やかに。
意識を保ち続けることの意義すらも喪いかけていた。
だが――最期にひとつだけやることがあった。
歩み続ける。
ゴシック様式の禍々しき聖堂――〈ウトナピシュテム〉の内部を。
道筋は、しっかりと覚えていたから。
緻密に再現された造成木材の扉を開け、奥へ奥へと進んでゆく。
脈打つ巨大な肉塊が、宙に浮かんでいた。
「――シアラ」
前に見たときと、その姿は違っていた。三つの肉塊と、神経網の連なりだったものが、今ではひとつに融合している。
まるで巨大な多肉植物の花のようなものが、大輪の花を拡げていた。
上下逆さまに、咲き誇っている。脈打ちながら。呻きながら。
――……アー……ロ…………ま……
「ごめんね、シアラ。ひとりにさせたね」
その声に、恥じらうように分厚い花弁を震わせ始める。
「ごめんね、シアラ。君を元に戻してあげられなくて」
「ごめんね、シアラ。僕はもう、君のために泣いてあげられない。どうしても、ひとしずくも、出てこないんだ」
無常と空漠が、沈黙の形をとって漂った。
「……君の、意志を、聞きたい」
その言葉が発せられた瞬間、震えも、呻きも、止まった。
やがて、肉厚の花の狭間から、足元へと降り積もるものがある。白い、白い、白い白い白い白い、透き通った輝きを帯びた、砂。
〈トリスケリオン〉。
アーカロトは、しばらくその切ないまでに美しい流砂を眺めていた。
「……わかったよ」
一歩、踏み出す。靴に沙が触れる。
奇妙な質感だった。砂のような感触の中に、小さく尖った斥力を感じる。
「なにも成せなかった愚者の末路としては慈悲深すぎるけれど、君がそう言うなら是非もない。アンタゴニアス、いいね?」
《……異存は、ない》
空間に揺らめきが生じ、アンタゴニアスの接続棺が物質空間に浮上してきた。腔腸生物のような触手が伸び、〈トリスケリオン〉に触れる。アーカロトは、ゆっくりとシアラの真下に横たわった。かすかな音を立てて降り積もる白沙を、全身で受け止める。ゆっくりと、目を閉ざす。相応しい罰があることを願いながら、砂の中に埋もれてゆく。静謐で、敬虔なまどろみの中で、想う。目覚めたとき、僕は、どこにいるのだろう。
目覚めたとき、僕は。