
絶罪殺機アンタゴニアス 第一部 #131
基準界面下に潜航し、セフィラの外殻を透過。
押し潰されそうな闇の虚空に飛び込み、人類発祥の地へと針路を取る。
黒紫の尾を曳き、真空を斬り裂きながら。
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ひとつの幸運と、ひとつの不運が、そのとき同時に起こった。
絶罪殺機アンタゴニアスと贖罪神機ミーメーシスは、この時すれ違うことはなく、お互いを感知することもなかった。長距離超光速探査能力は常時展開しているわけではなかったから。
セフィラ間の広大極まる空間の、極小の点に過ぎないこの二機が遭遇しなかったのは単なる確率の必然だが、このタイミングで戦端が開かれなかったのは、のちの人類世界の趨勢を根底から決定づける重要なターニングポイントであった。
幸運であったのは、無重力真空空間においてミーメーシスと戦わずに済んだこと。今戦えば、アーカロトの命はなかった。
不運であったのは、ジアドがミーメーシスの機能を十全に理解しておらず、基準界面下への潜航を行わなかったこと。
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〈美〉セフィラの外殻を、何の抵抗もなく突き破って破壊し、ジアドは元の場所に帰還した。
彼は何も考えていなかったし、自分のしたことが何を招くかなど想像もしていなかったし、その結果を目の当たりにしても特に何も感じなかった。
よって――このときをもって〈美〉セフィラから生きた人類はいなくなった。ミーメーシスが開けた数百平方メートルの穴から虚空に放り出され、全身の体液が沸騰して死んだ者が三割。屋内に逃げ込んでそのまま酸欠死した者が七割。ごくわずかな人々が、両極点の電磁加速レーンへの避難が間に合い、辛くも生き延びた。
「お腹がすきました。お腹がすきました」
ミーメーシスの近くにいた者はむしろ幸運だった。その腐った血にも似た冒涜的色彩の人型を目の当たりにした瞬間、苦痛や恐怖を感じる感性など根底から破壊されたから。
それは人間の幾何認識に耐えられる色ではなかったから。
ゲラゲラと痴れた笑いを上げながら死んでいく人々を無視して、ミーメーシスは聖堂街に降り立った。
《ジアド、ジアド、ジ・ア・ド・くぅん! おやおや、おやおやおやおや、これはこれは、なんとも派手な悪戯じゃないか! 全人類の十分の一を鏖殺した気分はどうかネ? エッ、どうなのかネ?》
「お腹がすきました。どうして皆さんは死んでいくのでしょう。お腹がすきました」
《ンッフフフフフ! そこにいる人々は皆死ぬのに忙しいから、食べ物を手に入れるのは難しそうだネ! こっちに来たまえよジアドくぅん、失楽園以前の地味豊かなフルコースでもご馳走しようじゃないか!》
「わかりました。お邪魔します。ありがとうございます。殺す」
《では座標を送ろう。ミーメーシスさんにお願いしてガイドマーカーでも表示してもらいたまえ》
ジアドには理解不能な超常原理によって送られてきた意味不明な数字の羅列を、ミーメーシスの論理決定回路に押し込んだ。
《拒否拒否拒否拒否拒否拒否拒否拒否拒否拒否拒否拒否拒否拒否拒否拒否拒否拒否拒否拒否拒否拒否拒否拒否拒否拒否拒否拒否拒否拒否拒否拒否拒否》
ミーメーシスはちっともジアドに協力的ではなかった。
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