
絶罪殺機アンタゴニアス 第一部 #118
なにがいけなかったのだろう。
ジアドにはまったく理解できなかった。
殺さないよう気を付けながら、笑顔で友好的に話しかけたのだが、なぜか相手は怒っているようだった。ずいぶん感情的で癇癖の強い人物らしい。困ったものだ。
そしてここはどこだろう。何も見えない。
本来ならば全身の液体が沸騰し、即死する状況であったが、コペンハーゲン宇宙観の整合性を保たせるために、不条理な護りがジアドに宿っていた。
神の見えざる手としか呼びようのない「何か」によって。
ともかく、元の場所に戻らなければならないだろう。視界は底知れぬ暗黒に満たされていたが、唯一黒紫に妖しく光る線の集合物だけがそばに浮遊していた。ともかくアレに取りつこう。
ジアドはこの世から消滅し、一分後に再出現。しかるのちに、謎の光源と触れ合う距離に分身体が出現。まるで蜘蛛のような節足があり、それらに取り囲まれる形で胎児のような芋虫のようなものが浮かんでいた。胎児と節足が物理的には分離しており、なんらかの超常的な原理によって連結されているようだ。
手を、触れる。
瞬間。
ジアドは、ソレこそが求めていたものであることに気づいた。
●
違法ソイレント加工施設に入棺することも考えた。
だけど、アーカロトは、その、それを、視界に入れて持ち運ぶという作業に耐えられなかった。こんな状態のままでいる一分一秒が、子供たちへの冒涜だった。
「カル、レミ、レム、ダリュ、トト……仇は、討ったよ……だから君たちの苦悶と無念が、ひとかけらでも癒されたなんてことはないけれど……」
あまりにも無意味すぎる。
自らの無能を糊塗する現実逃避を、かっこつけて復讐などと呼ぶすべての者への軽蔑が、魂の底から湧き上がってくる。それを何か美しいものであるかのように服飾する構造が、醜悪に思えて仕方がなかった。
死んだ人間にしてやれることなど何一つない。
大切な人間を喪った自分にしてやれることなど、ひとつもないのだ。
大罪神理権限で彼らの遺体を地中に埋める行いにも、だから意味などない。視界に入れるのが苦痛すぎるという自分の都合でしかない。ごちゃまぜにされた五つの遺体は、体内微生物の働きで腐敗し、溶け崩れ、閉塞した闇の中で、生命のサイクルに立ち戻ることもなく、永遠に放置される。そこに、救いなどない。
「ぅ……うぅ……」
アーカロトは、祈る言葉も持たなかった。
あの世など存在しない。唯一存在していると言える第一大罪はただの地獄だ。冥福などありえない。
――だから、僕たちは、まだ生きている人のために何ができるかだけを考えるべきなんだ。
シアラ。ゼグ。
今はもう、その名前だけが、アーカロトの進むよすがで。
基準界面下を馳せ行くアンタゴニアスの胸郭内で、アーカロトはひとり、身を震わせた。
すべてを喪ったとき、自分はどうなるのだろう。
すべてを憎んだとき、世界はどうなるのだろう。
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