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絶罪殺機アンタゴニアス 第一部 #167

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     雪に閉ざされた光なき大地。
     その吹き荒ぶ中空に、波紋が生じた。
     伴って現れたのは、漆黒のたてがみを触手のように揺らめかせた、紅い神の姿であった。ほっそりしたフォルムの総身に、雪は触れる前に蒸発してゆく。
     長く伸びた五指で、まだら模様に壊死した肉塊を掴んでいた。
     それが紅い神と同じく巨大な人型であることに、すぐに気付ける者はいないかもしれない。
    《困った》
     空間震が拡がる。
    《本当に、困った。どうしよう。まいったな》
    《おや、お困りかね、ジアドくぅん》
     ゆえにクロロディスは、声をかけた。
    《はい。困りました。まさかアーカロトくんがこんなに弱いとは思いませんでした。絶罪殺機ってどうしてこんなに脆弱なんでしょう。本当に困ります。彼の思いを遂げさせてあげられないじゃないですか》
    《ンッフフフフ、ヴァーライドに聞かせてあげたい言葉だねェ》
     ミーメーシスは、肉塊を掴む腕を上げた。
     抉られ、穿たれ、装甲の破片が張り付くそれは、黒き竜人の変わり果てた姿であった。ピンク色の肉に、青黒い血管がびっしりと絡みついている。皮を剥かれた人体標本というよりは、焼かれる前のターキーに見えた。脚部構造が鳥類に似ているせいだろうか。頭蓋をミーメーシスに掴まれ、四肢がだらりと垂れ下がり、かすかに痙攣している。全身が青い体液にまみれていた。大気中の酸素と結合して、徐々に赤く染まってゆく。
     人世の礎を創世せし神の、それが末路であった。
    《僕はどうすべきでしょうか。どうすれば、彼の思いを遂げさせることができるのでしょうか》
    《そうだねェ、困ったねェ。しかしジアドくぅん、こう考えてみてはどうだろう。彼には思いを遂げるだけの力がなかった。つまり、その資格はなかったと。彼の復讐は正当なものだが、命を狙われて返り討ちにした君の行いもまた同様に正当なものだ。そこに優劣などつけるべきではないと思うヨ》
    《僕は今まで無意味に多くの人々の命を奪ってきました。そのような人物が、己の生存権を主張するのは道理に反しているように思えますが》
    《それはただの感情論だネ。基本的人権の原則はそういう物の考え方の否定から始まったんだ。たとえ全人類から永遠に太陽を奪った大罪人とて、己の生存権は主張していいんだヨ。ならば君だってそうさ。命を狙われれば、正当防衛を主張していいんだ》
    《話がズレていますよ、クロロディスさん。僕をナメていますね。正当かどうかなんて別にどうでもいいんですよ。僕はアーカロトくんの本懐を遂げさせると決めたんです。それが果たされないうちは、次の行動に移れない》
     ばきゃ、と。
     硬いものと柔らかいものが同時に砕けるような音がした。
     ミーメーシスの五指が、アンタゴニアスの頭部を握り潰していた。巨神の骸はゆっくりと崩れ落ち、白い粉塵を撒き上げながら大地に斃れ、動かなくなった。
    《あ》
     無理からぬ。ジアドにとっては空気を握り潰すのも、絶罪殺機を握り潰すのも、まったく変わらない。議論に熱くなれば、思わず指先に力が込もってしまうこともあるだろう。

    【続く】

    こちらもオススメ!(本編とはかけ離れた時系列の作品なので、入門編として最適です)

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    小説書きでミニチュアゲーマー。おもにSFを好み、三度の飯よりセンスオブワンダーが好き。小説が面白かったらフォローしておくれ。なにかあればツイッターアカウントのDMからどうぞ。https://twitter.com/shu64737980

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