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絶罪殺機アンタゴニアス 第一部 エピローグ 中

     前 目次

     雑踏を無造作に進む。
     統合前と比べ、市場に並ぶ商品のバリエーションは圧倒的なまでに増えていた。第三大罪メタ・オブリビオンによる認識阻害から解き放たれた人類は、メタルセル深層の電子神経網が常に送信し続けてきた疑似視覚情報を受信できるようになっていたのだ。結果として古の知識が大量に発掘され、〈無限蛇〉システムの劣化版ともいえる物質変換技術の確立に至った。
     色彩豊かな成型食材と、それらを組み合わせたファーストフード。違法改造サイバネパーツ。癸陸式内臓獄吏の胚。空間震から心身を防護するという触れ込みの怪しげなヘッドギア。さまざまな向精神作用を有するカラフルな飲料カクテル。ニッチなニーズに応えるためにぎょっとするような身体改造を施した性産業従事者たち。明らかに護身用の域を超えた銃火器の数々。
     それらは上や左右にポップアップウィンドウを表示させ、商品のプロモーション映像や品質アピールの文言が乱舞している。すべてメタルセルの電子神経網が見せる脳内の幻影だ。実際にそこに光源があるわけではない。
    〈お前の求める人生は楽園チキュウにこそある! 五つの楽園チキュウへの移民開拓事業に従事する人員を――〉
     拡声器から聞こえてくる広告を聞き流しつつ、ゼグは人込みを掻き分けてゆく。

     ●

     ――人類は、統一的な信仰を喪った。
     〈法務院〉という絶対的な支配者は座を退き、人の生き死にを上から決めるものはいなくなった。
     小規模なサイバーカルトたちが抗争やテロを繰り返す、混沌の煮汁のごとき社会。万民が恐れおののく権威がなくなり――しかしただひとつだけ残っているものがある。
     他のカルトとはレイヤーの異なるものとして、すべての人類の魂の片隅に残された、小さな信仰がひとつだけある。
     「彼女」は人の運命を差配などしないし、特に何か奇跡を起こすわけでも戒律を命じてくるわけでもない。
     ――ただ、そこにいる。

     ●

     角を曲がると、広大な空間に突き当たった。今まで平面を保っていたメタルセルの床が、まるで波打つように凹凸を描いている。まるでそこだけ液状化し、何か巨大な物体が投げ込まれて波紋を発生させた瞬間、再び個体に戻ったかのようなありさまだった。
     波の高さは数百メートル程度。軽功の技がなくば、波紋の内側に侵入することは容易ではない。
     羽毛のような身のこなしで、ゼグは硬化した波を上ってゆく。わずかに十歩。ただそれだけの跳躍で、軽々とメタルセルの地形を乗り越えた。
     ――そこに、それはあった。
     片腕と片脚を失い、跪く黒い巨神の姿が。
     アンタゴニアス。その名を口の端に上らせうる者は、ゼグだけとなっていた。
     メタルセルの曲面を、滑り落ちる。危なげなく着地。
    「よう。ちょっと近くを通ったんで、顔見せに来たぜ」
     声は空しく反響する。返事はない。
     ここには誰もいない。飛行艇を用いれば進入は可能だ。だが、ここにあるものの所有権を主張するような者は一人も現れることはなかった。ゼグが片端から追い散らしたのもある。だが何よりも、肺腑を冷たく搾り上げてくるような聖性が満ち満ちるこの場を、穢したくないという思いが、訪れるすべての者の脳裏に衝動として発生していた。
     ここは、自分のいて良い場所ではない――誰もがそう厳かに悟った。触れてもきっと祟りなどないが、しかし触れてはならぬものなのだと。

    【続く】

     
     
    小説書きでミニチュアゲーマー。おもにSFを好み、三度の飯よりセンスオブワンダーが好き。小説が面白かったらフォローしておくれ。なにかあればツイッターアカウントのDMからどうぞ。https://twitter.com/shu64737980

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