
絶罪殺機アンタゴニアス 第一部 #170
二人は目を合わせることもなく、七千年の時の重みに風化した光景を、ただじっと見ていた。
「何のために生まれてきたのか。自分の生に意味はあったのか。人間の生は、そのような悩みに苦しむものだと聞きました」
アーカロトは、ただの子供だった頃の自分とヴァーライドとの拙い語らいを眺めながら、ぽつぽつと口を開いた。
「……そうだな。俺も、自らの生の無意味さに、打ちのめされていた。お前に最期を看取って貰えなかったらと考えると、今でもぞっとする」
ディムズ・マーロウの声は、厳めしくも温かかった。
思わず、首を振る。
「僕は、その苦しみを知りません。僕の生の意義は、最初から明らかでしたから」
「ヴァーライド・ジェナナトルか。大した奴だったんだな」
「僕が今立っているのも、こうしてあなたと語らえているのも、何と戦い、何を守るか、その根本的な価値観も、すべてヴァーライドから貰ったものです。実存主義的な虚無から、少なくとも僕は自由でした。普通の人々に当てはまるような意味で、僕は己の人生を戦ってはこなかった」
「それを、お前は今でも引け目に感じているのか」
目の前で、記憶の情景は時が移ろってゆく。
並んで歩きながら、あるいは食事を共にしながら、あるいはヴァーライドに背負われながら。
人類最高峰の知性による、人間存在についての講義は続いた。
「僕は、彼から受け取るばかりだった。何も、彼のためにしてはやれなかった」
自らの声が、震えるのを感じる。
「なのに」
情景は、変わる。
アーカロトが、今纏っているものと同じボディスーツを身につけ、決然とアンタゴニアスに向かっている記憶が、目の前で展開した。
「どうして」
〈接続棺〉に至る通路の脇に、ヴァーライドが佇んでいる。
彼はいつものように頭を撫でてきたりはせず、ただ手を差し伸ばしてきた。
記憶の中のアーカロトは、少しうろたえたようにその手を見やり、やがてしっかりと握り返した。
「どうして彼は、僕を信頼してくれたんでしょう。どうして、世界を滅ぼしかけた女神の子に、世界を滅ぼせる兵器を託したんでしょう」
肩が震える。
こぶしを握り締める。
視界の中の過去の自分は、誇らしげですらあった。ようやくこの人に、一人前と認めて貰えた気がしていたから。
「このことに関してだけは、ヴァーライドは誤ったとしか思えない」
「どうして、そう思う」
「僕は!」
顔を上げる。初めてディムズと視線を交わす。
「何も、守ってはやれなかった! 利他という狂気を植え付けられた女の子も! 信仰という名の迷妄で心を守っていた〈美〉セフィラの人々も! 自分が利用されていると知りながら一人の老婆を慕い続けた子供たちも! ……あなたの弟でさえも!」
歯を食いしばる。目尻から溢れそうになる雫を、しかし押さえつける。
自分に泣く資格がないことはわかっていたから。
「僕は一体、何をしてきたんだ……何もできなかった……守ることも……仇を討つという無意味な意地すら貫くことはできなかった……」
ふいに、ディムズがその場にどっかりと腰を下ろした。
「なぁ、アーカロト」
その顔に、どのような表情も浮かんではいなかった。
ただまっすぐ、こちらを見ていた。
「導き手として命じよう。お前の任を解く。お前は少し、困難から逃げるということを学ぶ必要がある」
こちらもオススメ!
私設賞開催中!