
絶罪殺機アンタゴニアス 第一部 #108
ふと。
デイルの貌から、表情が消えた。
一瞬、アーカロトは男が何も言わぬうちに事切れたのかと思った。
だが、その口がゆっくりと動く。
「どうしてだ?」
消えそうなほどか細く。
「え?」
「どうして……生きなければならないんだ? ただ……苦しいだけなのに」
その顔が、引き歪む。
「なんで、俺はこんな目に遇わなきゃならねえんだ……? なあ……教えてくれよ……どうして……どうしてなんだよ……」
「デイル」
呼びかけて、しかしそれに続く言葉など何一つ己の中にないことに愕然とする。
彼はディムズのような無私の英雄ではない。ただ運に恵まれ、一生懸命頑張って、力を得て、それだけをよすがに、どうにか悪に落ちることなく生きてこれただけの男なのだ。
本来、守られて在るべき、普通の人間なのだ。
「こんな世界は、もうすぐ変わる……〈原罪兵〉なんていらなくなる……僕が約束する……弱いからって、餌になるしかないような、狂った世界は終わる……だから、だからどうか……」
ギドはもう死んだのに。
その言葉が胸を満たし、総身から力を奪う。
「ハハ……嘘、つくの、ヘタだな……」
デイルの眦から、冷たい雫があふれ出る。後から、後から、とめどもなく。
「初めて……誰かのために命を懸けて戦った……初めて……兄貴の気持ちがわかった……それが、正しいことだと信じた……カッコ付けた……」
嗚咽が続く。
「死にたくない……死にたくねえよ……なんで……なんで俺がこんな目に……」
何も、できることはなかった。
何も。何も。
それからデイルは、見苦しく泣きわめき、アーカロトを口汚く罵り、子供たちを疫病神呼ばわりし、やがてその力も尽きたのか、すすり泣くばかりになった。
やがて、言った。
「ガキんちょどもは……あっちに逃げたよ……早く行ってやれ……俺を、無駄死にしたマヌケにしないでくれ……そんで……こ、殺してくれ……俺を一人で置いて行かないでくれ……」
アーカロトは。手の震えを堪えながら、銃口をデイルの額に押し当てた。
「約束する。子供たちは、必ず守る。あなたの気高い行いを、決して無駄にはしない」
そんなことしか、言えることはなくて。
つばを飲み込んで。躊躇って。
そうやってぐずついている一秒一秒が、デイルにはただの拷問でしかないとわかっていながら、どうしても踏ん切りがつかなくて。
――『誰も泣かない世界』。
――おれは、それが、みたいんだ。
何一つ、その遺志を汲めていない事実に歯を食いしばり。
――人類から、私から永遠に空を奪った罪――許せぬ。許せぬ許せぬ許せぬ許せぬ許せぬッ!!
その糾弾が、今になって、本当に言い訳のしようもなく圧し掛かり。
己の第五大罪に、疑念が生まれ。
これまでアーカロトを成り立たせていた基幹が揺らぎ。
だからすべてを振り捨てるように、腹の底から声を上げ――実際には虚弱な呻きしか出て来ず。
アーカロトは、赤子よりも弱弱しく、引き金を引いた。
デイルから感謝されなかっただろうことだけは、確信しながら。
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