
絶罪殺機アンタゴニアス 第一部 #121
時間切れである。
ジアドは――過去の時間軸から切り取られて現在に張り付けられたジアドの切れ端は――一分間という存在可能時間を消費し切り、消滅した。
あぁ、話の途中だったのだが。
早く殺しにいかないと。
動けない。
そんなことを闇の中でぼんやりと思考していると、いきなり紫のエネルギーラインの集合体が接近してきて、その巨大な節足でジアドを掴んだ。
《おい何なんだお前!! いきなり場所を変えるな!! 瞬間移動させる罪業場だと……? どういう精神構造をしているのかしら……》
――瞬間移動ではありません。時間軸方向から見た存在の切り貼りです。
《ははぁ、なるほどね。つまりお前は主観が存在せず、観測者として成り立っていないから、決定論的宇宙観の制約を無視して存在できるわけか。あの詐欺師の言っていた奴ね、お前》
自分の罪業場を説明して、一度で理解してもらったためしがないので、ここまで察しが良いのは想定外だった。
――とても頭が良くてえらいですね。
《喧嘩売っているのね?》
褒めたのに怒られる。その論理的な不可解さが、ジアドは嫌いではなかった。好きでもなかったが。
《お前と話しているともうない頭が痛くなるわ。ともかく、第一大罪に行きたいのなら今すぐ連れて行ってあげましょう。ただし、ひとつ条件がある》
――なんでしょうか?
それから、女より出された条件は、ジアドにとって不可解なものだったが、わからないことを知りたいという欲求がないので特に悩むことなく同意した。呑んだところで特に不都合もなかったから。
《では連れて行くわよ。まったく、絶罪支援機動ユニットの制御系を乗っ取るのは疲れると言うに――ん?》
全身に備わったスラスターを噴かすが、一向に前に進まない。
《待て。なんだこれは。なぜ進まないの》
――僕の肉体が有するベクトルと運動量を外力で曲げることはできません。曲げた結果、本来の僕との間に矛盾が生じる可能性があるがゆえに。
《なんだその面倒くさい性質は! じゃお前そこで永遠に漂っているしかないじゃないか!》
――いえ、移動方法を思いつきました。先導してください。
ジアドは一旦消滅、しかるのちに再出現。その後、背後に分身が現れ、本体の背中を蹴り飛ばす。コペンハーゲン宇宙観に守られた存在同士であれば、作用反作用の法則が正常に働くのだ。
同様の手順を何度も繰り返し、加速に加速を重ね、巨大な蜘蛛に先導されるまま、ジアドはシェル内の虚空を高速で奔り抜けた。
やがて、前方に、ソレが姿を現した。
世界の果て。あるいは卵の殻。
人類から太陽を奪い、同時に「究極の外敵」から守り抜く用を果たしている、史上最大の人工物が。
それは、巨視的には球殻の形状だったが、人間サイズの視点からは無限に続く平面の壁にしか見えなかった。
鏡面めいたメタルセルが、見渡す限りのハニカム構造に分割され、ぼんやりとした駆動光を放っている。あたかも神々の遊戯盤を思わせる、畏怖と崇敬を呼び起こさずにはいられない光景だったが、ジアドは特に何も感じなかった。
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