
絶罪殺機アンタゴニアス 第一部 #137
「つまり、あなたが作ろうとしている麻薬とは――」
「並行宇宙、という表現がわかりづらいなら、過去と未来のすべての瞬間、と言い換えてもいい。並列多元罪業変換機関は、メタ罪業を潤滑油に、時間軸を無視してエネルギーのやりとりができる。そのとき発生した廃棄物――異なる時間のエネルギーが現出する際に発生する齟齬が、三次元認識のレベルにおいては物質のようにも捉えられるようになったもの。それが、あたしの求めるヤク――〈トリスケリオン〉の本質だ」
絶罪殺機の内部にある並列多元罪業変換機関からは、そのような副産物は現れない。ほぼ百パーセントの変換効率を誇るがゆえにエネルギーロスが発生しないためだ。しかしギドの作ったそれは完璧な出力バランスに欠け、罪業の導線の質が低く、それが結果的に彼女にとって望ましいものを生み出していた。
だが、それを麻薬として利用するだと?
普通そんな発想は出てこない。
「あなたはなぜ、そんなことを知っている」
「そりゃお前、たゆまぬ人体実験の成果ってやつだよ」
「それだけじゃ、ないだろうッ! あなたにまず最初に並列多元罪業変換機関のなんたるかを教えた者がいたはずだ……!!」
アーカロトの叫びは、塩の神殿に反響し、こだまとなって返ってきた。
一瞬の沈黙。
こつ、こつ、と乾いた足音。
徐々に近く、大きくなってゆく。反響が鳴り響く。
そちらに目を向けると――かっちりとしたスーツを着こなした、伊達男風の壮年が、悠然と歩み寄ってきているところだった。
「いやいやいや、いやいやいやいや! 万感の思いだよ君たちィ、ようやく! 実に! ようやくここまで来てくれた! 長かった! まさしく一日千秋の思いだったよ私は! ありがとう! 本当にありがとう! 勇敢なる少年たちよ!」
芝居がかった所作で両腕を広げながら、悠々と歩み寄ってくる。
だが、アーカロトとゼグは眉を顰めることしかできなかった。現れた男の顔に見覚えなどまったくなかったから。
「誰だよ、おっさん」
「おぉ、つれないなゼグくぅん! 一緒に酒を酌み交わし、ジアドくぅんの戦いぶりを鑑賞した仲じゃないか! まさか忘れてしまったのかい!?」
「黙ってな、詐欺師。今はあたしが話してんだよ」
ギドにぴしゃりと言われると、男は飄げた仕草で肩をすくめ、老婆の傍らに黙って立った。
「……ありゃ二十年ほども前だったかね。この胡散臭い詐欺師と会ったのは」
「然り然り、まさしく運命の出会いだったねェ!」
銃声。男の眼窩から入り込んだ鉛玉は、眼球と頭蓋を挽き潰しながら頭頂部より抜け、脳漿を撒き散らした。体がその場に崩れ落ちる。
一瞬の速射をしてのけた老婆は、ライフルを長椅子に立てかけた。
「なっ……」
「なにひとつとして誠意ってものを感じない男だったが、言ってる内容はだいぶ興味深かった。まァ一応感謝はしているかね」
「おやおやおやおや、あなたの口からそんな素直な感謝が聞けるなんて、今日は人生最良の日と言っても過言ではないねェ」
いつのまにかその場に現れた二人目の男は、最初の男と完全に瓜二つな外見をしていた。
「自己紹介でもしておやりよ、そろそろこいつらもじれてるだろ」
すると、男はあたかも旧世界の道化のごとき物腰でギドに向けて慇懃な礼をする。
「了解した。下知に従おう――我が導き手よ」