
絶罪殺機アンタゴニアス 第一部 #163
《想いを、酌みます。クロロディスさん、あなたの願いを叶えます》
それは、世界の中心で天を貫くトネリコの枝葉にも似ていた。
あるいは、明王の背後で燃え盛る迦楼羅焔にも似ていた。
もしくは、神仙の住まう崑崙にも、楽園の中で馥郁たる香りの実をみのらせた禁断の双樹にも。
かつて人類がホモ・サピエンスとなる以前、樹上生活者であった頃に遺伝子に刻まれた、天と地を繋ぐ世界軸としての元型を、それは強く思わせる造形美であった。
かつて無秩序な黒い触手のゆらめきとしか形容できなかった罪業場は、今や整然とした幾何学美を宿らしめる芸術と化していた。
そこには作為があった。完璧に構築された作為が。
《想いを、酌みます。アーカロトくん、きみの願いを叶えます》
《何を……言っているッ!!》
たとえようもない慈愛に満ちた所作で、ミーメーシスはアンタゴニアスに腕を指し伸ばす。まるで、地獄で苦しむ咎人を引っ張り上げようとするかのように。
《僕がここで従容と首を差し出して、それできみは満足しますか?》
アーカロトは、戦慄と嫌悪のあまり鳥肌が立っているのを自覚した。
虚無の怪物が、こちらの感情を慮り、そして正解を引き当てている。その事実そのものにアーカロトは吐き気を催した。
《違うでしょう。きみの憎しみは、そんな冷徹な処刑などでは満足しないはずだ。全力で抵抗する僕を、力で屈服させ、恐怖に引き攣らせ、無様な命乞いを引き出しながら、時間をかけて惨たらしく殺したいはずだ! 僕がやったのは、それぐらいの憂き目に合わせなければ到底納得がいかないほどの重罪のはずだ! お願いです。どうかその気持ちに蓋をしないでください》
そして、胸に手を当てる。
《今の僕なら、きみのために心から恐怖できます。涙と鼻水と小便を垂れ流しながら命乞いをしてあげられます。どうか受け取って欲しい。僕にできる精一杯の、きみへの感謝の気持ちです》
《フザけるな……フザけるなよ……》
お前は、そこまで僕を侮辱したいのか。
《ふざけていません。……いえ、ふざけています。僕はきみを馬鹿にしているんです。とても滑稽だ》
唐突な主張の切り替えは、つまりそうしたほうが「憎むべき仇」として適切であろうという判断からか。
《僕が本気を出したらきみなど相手にならないので、手加減をしてあげます。絶罪殺機とは本当に脆弱な存在ですからね。うっかり潰れないでくださいね》
紅き禍津神は、迎え入れるように両腕を広げた。ともなって、人工的・幾何学的な構築美を体現していた闇色の罪業場が、その枝葉の先端を一斉にアンタゴニアスへと向けた。
そして――光速を越える速度で伸長。
つまり、実際に伸長が始まるより前の時点ですでにアンタゴニアスを貫いていたことになる。質量なき罪業場だけが、唯一光速を越えて伝播しうるのだ。
無数に伸びた時空黒槍は、ローレンツ収縮すらも突き破って絶罪殺機の全身を貫き、接触部分の時系列を一瞬で数十億年ほど退行させた。
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