
絶罪殺機アンタゴニアス 第一部 #112
〈トリスケリオン〉を広める。同時に〈トリスケリオン〉を禁ずる。
幼年学府では薬物に手を染めることがいかに恐ろしく、醜く、人生を破滅に導く傍迷惑な愚行であるかをしっかりと教える。
ここで重要となるのが、人口に対して占める中毒者の最適な比率である。直接罪業を産出するのは中毒者だが、罪業を罪業足らしめるのは全人類の感情論の総体だ。つまり全人類中毒者になるのはまずい。
「試算では、全体の二割から三割程度が最も効率的だね」
「だが、依存性のある薬物を思うように流布させるなど不可能ではないか。今とて、食料の闇流通を完全には阻止できないのだ。命すら捨てさせるほどの依存性、必ず我々の目の届かないところで製造され、野放図に拡散してしまう」
「そいつは無理だね。愚民どもに〈トリスケリオン〉は製造できない。こいつの製法は、なんというか、いろいろと特殊なんでね。どんな天才が成分を解析しようと、作り方なんざ皆目見当もつかないだろうよ。アタシがお前らに話を持ってきたのは、まさにそのためさ。こいつを量産できるのは〈法務院〉だけなんだよ」
切れ長の目が、射抜いてくる。
「人口、減ってんだろ? このまま現状維持を続けてもジリ貧なのはわかってるよな? 〈原罪兵〉を中心とする罪業循環経済は持続不可能だ。人類の守護者を自認するってんなら、今ここで決断しな。もちろん、こっちからも条件を出すけどねェ」
「条件だと?」
「当たり前だろ。慈善事業でもしに来たと思ってたのかい?」
「……〈原罪兵〉が不要になれば、確かに好ましい。出生率も上向くだろう。我々は決して好き好んで下々に負担を強いているわけではないのだ。条件を聞こうじゃないか」
「第四大罪」
その単語が老婆の口から出た瞬間、その場の〈法務院〉高官すべてが息を呑んだ。
「〈原罪兵〉がいらない以上、そのエサを量産するための仕組みも不要なはずだよねェ?」
「待て! 待ちたまえ、それは……!」
「アタシから出す条件はただひとつ。あんたらが動員できる武力のすべてを使って、「青き血脈」を天子の座から引きずり下ろしな」
「待つんだ! わけがわからないぞ! そんな畏れ多いことをして君に何の得がある!」
「もちろん、皆殺しにしろと言ってるんじゃァない。〈無限蛇〉への接続権限の持ち主がいなくなるのは確かに困る。だが、逆に言えばやつらの存在意義なんてそれだけだ。権威を認める必要もなければ、権力を与える必要もない。一部を生かして、鎖につないで、必要な時だけ連れ出せばいい。もちろん奴らの潜性遺伝子を下々に与えるなんて下らないマネは金輪際やめることだね。それが、条件だ」
〈法務院〉を構成するホモ・サピエンスたちは、それ以降、革新派と保守派に分かたれた。
しかし、人類がこれまで幾度となく繰り広げてきた陰惨な派閥闘争とはだいぶ様相が違っていた。
人類の存続には〈トリスケリオン〉が不可欠であるという点において、両派閥は見解を一致させていた。あくまで「青き血脈」への畏敬を捨てられぬ保守派とて、革新派の主張に一部の正しさを認めざるを得なかったし、革新派とて感情面では「青き血脈」を排除などしたくはなかった。
だが、〈クーニアック〉を拷問して製法を聞き出すのは分の悪い賭けに思えてならなかった。口を割るような人がましさがこの老婆に残っているのか疑問だったし、もし死なせてしまえばこの千載一遇のチャンスを逃すことにもなる。
進退が極まり、迷走が始まった。
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