
四年という恋愛の意味 (分割版・第一巻)
こんにちは、ブラキンです。
本記事では、私が17歳から社会人2年目までの4年間続けた、唯一の恋愛について書きます。
これは失恋の記録でも、誰かを責める文章でもありません。
4年間という時間を「間違いだった」と切り捨てず、なぜ成立し、なぜ終わり、そして何が残ったのかを、自分なりに構造として整理する試みです。
本記事は、4年間の恋愛を
「成立 → 維持 → 破綻 → 意味の再定義」
という4段階で整理した記録の一巻目にあたります。
文章量が多くなったため、分割版を作りました。
本記事では、関係が壊れる“手前”までを書いています。
1. はじめに
私には、高専2年生(17歳)のときから付き合い始め、
社会人2年目まで、約4年間付き合っていた彼女がいました。
彼女は、私にとって
唯一の恋人
初恋の相手
でもありました。
今回は、
どんな出会いだったのか
どんな恋愛をして
なぜ修復できなくなったのか
その過程を、感情ではなく設計の問題として書いていきます。
第1章|この恋愛は、なぜ始まったのか
2. 出会い
彼女との最初の出会いは、小学校1年生まで遡ります。
小学校・中学校は同じ、
高校で別々の学校に進み、
その後、高校時代のアルバイト先で再会しました。
学生時代、特別に仲が良かったわけではありません。
ただ一つ、今でも印象に残っている記憶があります。
私は一時期アメリカに渡り、いじめを受けて日本に帰国しました。
久しぶりに母校へ登校したその日、
最初に顔を合わせたのが彼女でした。
「久しぶり。しばらく見てなかったけど、何してたの?」
その一言で、
「生きて日本に帰ってきたんだ」と実感したのを覚えています。
👇アメリカにいたときの経験等をまとめています、興味のある方は読んでみてください。
3. 付き合うまでの経緯
再会後、私たちは普通に会話をする関係でした。
彼女は愛嬌がありアクティブで、当時の私は「感じのいい人だな」という印象を持っていました。
その後、私は別のアルバイト先に紹介で入ることになります。
高専は長期休暇が多く、当時はコロナ禍で授業もほぼオンラインでした。母子家庭だったこともあり、アルバイトを掛け持ちすることに抵抗はありませんでした。
田舎のバイト先だったので、店長が休日にウェイクボードに連れて行ってくれるような環境でもありました。
そこで人手が足りないという話があり、アクティブな印象だった彼女を紹介しました。
結果として、
二つのバイト先で顔を合わせ
家も近く
バイト終わりに一緒に帰る
という状況が自然にできていきました。
ただ、ここからが少しややこしいのですが、私は当時「好き」という感情がよく分かっていませんでした。
恋愛とは、
信頼
尊重
一貫した誠実さ
その延長線上にあるものだと思っていて、いわゆる恋愛的なアプローチや告白を自分からする発想がほとんどありませんでした。
そんな中、彼女から「同じ高校の野球部にアプローチされている」という話を聞き、なぜか強い違和感を覚えました。
そのとき初めて、
「あれ、もしかして好きなのかもしれない」
と自覚し、告白することになります。
第2章|噛み合わない恋愛観が、なぜ4年続いたのか
4. 私の恋愛観
ここから4年間の交際が始まりますが、最初の2年間は正直に言ってストレスと衝突の連続でした。
理由はシンプルです。
私の恋愛観が、年齢不相応に重かった。
当時の私は、
恋愛は信頼関係の設計だと思っていた
一貫性と誠実さを最重要視していた
問題は「起きてから」ではなく「起こらないようにする」もの
「結果的に何もなかった」は信用しない
という考え方でした。
これはおそらく、親の恋愛の失敗を間近で見て育った影響が大きいと思います。
10代の時点で、恋愛観だけが30代くらいに跳ねていました。
5. 彼女の恋愛観
一方で彼女は、年相応の恋愛観を持っていました。
男女の友情は成立する
行動自体にそこまで重い意味を持たせない
楽しさやその場のノリを重視する
悪意があったわけではありません。
ただ、関係性のリスク設計が甘かった。
例えば、
男友達と夜中に散歩に行く
男友達と二人で食事に行く
バイト先の男性と男女混合で飲み、泊まる
といった行動がありました。
6. 衝突の本質
問題は「男性と関わること」ではありませんでした。
私が強い違和感を覚えたのは、相手選びのセンスでした。
彼女が関わっていた相手は、
異性への依存が強い人
女性関係を誇示することをアイデンティティにしている人
他人の感情を想像せず、目の前のOKだけで動く人
など、いずれも人間関係に問題を持ち込みやすいタイプでした。
ここは一見矛盾して見えるかもしれませんが、私が信頼している友人であれば、そもそも恋人のいる女性と不用意に二人きりで関わることはしません。
だから、もし相手がそのレベルの人間なら、彼女が二人で会っていたとしても私は何も思いません。
私が問題視していたのは「何もなかった」という結果論ではなく、問題が起きうる構造そのものでした。
7. 話し合い
これらの問題が起きるたびに、私は何度でも「話し合い」という手段を選びました。
納得できないことがあると眠れない性格なので、夜中に彼女を呼び出して話し合いをしたこともあります。
話していた内容は一貫しています。
私は、男女の友情は「特定の条件下でしか成立しない」と考えていました。
だから彼女の行動は、男女の友情をはき違えたまま、実際には私たちの関係に問題を持ち込んでいるだけだ、と。
そのとき私が一番きついと思ったのは、彼女が“理屈では分かっている”ところでした。
もし立場を逆にして、
「私が同じ行動をしたらどう思う?」
と聞くと、彼女は「かなり嫌な気持ちになる」と答える。
つまり、嫌な気持ちになることは分かっているのに、行動の段階で自制できていない。
私はそこに軽率さを感じました。
そしてもう一つ、私は当時よく「信頼残高」という言葉を使っていました。
今思うと、よく10代でそんな話をしていたなと思います。
私の主張はこうです。
信頼を積み上げるのは途方もなく時間がかかる
でも壊すのは一瞬
あなたのここまでの行動で、私の中での信頼は0どころかマイナスになっている
この信頼を元に戻すには、数年単位でかかる可能性がある
それでも付き合い続ける覚悟があるのか
そう問いを投げました。
彼女は「別れたくない」と言いました。
だから私は、次に同じことを一度でも繰り返したら、感情を無視して別れる――という、ある種の“契約”を置いて付き合い続けることにしました。
結果として、その後は大きな問題は起こらず、交際は4年続きました。
ここまで読むと、ネガティブな話ばかりで「本当は愛していなかったのでは?」と思う人もいるかもしれません。
でも、実際は逆でした。
私は自分でも驚くほど彼女を愛していました。
だからこそ、彼女が問題を持ち込んできたときに「別れる」という判断ができなかった。
毎回どこかで甘さを出して、チャンスを与えてしまっていたと思います。
第3章|安定していた後半2年と、価値観の分岐
8. 後半の二年
前半の二年はストレスや衝突が中心でしたが、後半の二年は驚くほど問題が起きず、お互い順調に信頼関係と愛を育んでいました。
最初の二年、何度も対話したことが功を奏したのだと思います。
あるいは、私の人間性のOSが、若干彼女側に寄ったのかもしれません。
このころになると、彼女の口から「誠実であるとはどういうことか」という話も出てくるようになりました。
彼女はよく、私のことを「最も尊敬できて信頼できる人間」だと言っていました。
そして後半の一年に関しては、私は高専を卒業して企業に就職。
彼女は看護師免許を取得し、看護師になっていました。
9. 別れ(価値観の分岐点)
就職して1年が経つころから、彼女の口から徐々に不安が漏れるようになってきました。
理由は明確で、私が
いずれ会社を退職したい
東京に行きたい
大学に行きたい
海外に行きたい
と、常々言うようになったからです。
そもそも私がその企業に就職したのも、本社が東京にあり、半導体の加工装置メーカーとして世界シェアが高く、志願すれば海外でも働ける可能性がある環境だったからです。
ただ、就職前からこれらを彼女に話すたびに、彼女は毎回不服そうな顔をしていました。
肯定されることはほとんどありませんでした。
そして就職してから、私がより具体的に「会社を辞めて実行したい」と言い出したことで、その不満はさらに強くなっていきました。
お互いが就職して一年が経ったころ、私は彼女に振られました。
彼女の理由はこうでした。
「私の夢は、家庭を築いて子どもを持つこと」
内心、まだ21歳なのに早くないか?とも思いました。
ただ私はこう返しました。
私は、まず自分の夢をすべて実行するために生きたい。
結婚や子どもを持つのは、経験するフェーズを終えて、次の世代に託す覚悟ができたときだけだと思っている。
だから君の夢を叶えてあげたい気持ちはあっても、それは私の義務ではないし、そこに責任は持てない。
もしそれが君の夢なら、私と別れて、より叶えられる人と一緒になる選択を自分の責任でしてくれ――と。
すると彼女は、こう言いました。
「私は、あなたとの子どもが欲しい。あなたとの人生を考えている」
「あなたは自分のやりたいことばかりで、私との人生を全く考えていないように感じる」
私も少しムキ。
君と人生を共にしながら夢を実行したい。
だから支えてほしい。
と伝えました。
しかし彼女は、
「あなたの人生の“やりたいこと”に、私が巻き込まれているのはおかしい。フェアじゃない」
と言いました。
私は、私にとっての恋愛は、
パートナーと人生を共にし
体験や経験を共有し
共に成長し続け
刺激を与え合う関係
だと説明しましたが、うまく伝わりませんでした。
むきになった私は、さらにこう反論しました。
「私の人生を考えていると言いながら、私のやりたいことを一切支える気がないのは構造的におかしい」
「それはつまり、“私を自分の夢の中に入れているから”お互いを考えているように見えるだけで、本当は自分の夢を一人で語っているだけではないか」
結果として少し喧嘩になり、数日後、彼女の家に行った際に正式に別れを告げられました。
このとき自分でも驚いたのですが、まさか自分のことで自分が涙するとは思っていませんでした。
結構思い切り泣いてしまい、
「あ、自分ってちゃんと人間なんだな」
「ちゃんと泣けるんだな」
という驚きと安心がありました。
第一巻・終わりに
この時の私は、
「別れた」と「終わった」を、
同じ意味だと思っていました。
しかし実際には、
関係はここから、別の形で続いていました。
次巻では、
別れたはずの関係がなぜ終わらなかったのか、
そしてその曖昧さが、
どのようにもう一度私を傷つけたのかを書いていきます。
👇分割版・第二巻