
【連続小説】ただ、友達として2「一緒にいたい相手は」
「同窓会の後、西井と話したんでしょ? どんな話したの?」
同窓会の解散後、私と西井が2人で歩いて行く後ろ姿を見た美由紀からは、話の内容を聞きたがるメッセージが当日の夜には来ていた。
中学時代、西井に恋していた私を応援し、クラス替えで離れてしまった私のために、西井と同じクラスになったことで情報を流してくれたり何かと便宜を図ってくれたのもあって、美由紀としても私達のことが気になったのだろう。
とは言え、メッセージだけで済ますにはあまりに膨大過ぎる内容に、会って直接なら話せる、と私は返信したものの、お互いなかなか都合が合わず、結局同窓会から1ヶ月半ほど経った今日、ようやくカフェでのランチという形で時間を共にしていた。
私は美由紀に、西井との話の概略を伝えた。
西井から私の恋を拒絶した当時のことについて謝られたこと。
拒絶したのは事情があったこと。
事情というのは、直前に西井の父親が不倫をしている現場を耳にしてしまったために、それを思い出して生理的に受け付けられない状態だったから、ということ。
「え~! 西井、そんなことがあったんだ~!? それは……タイミング悪かったねぇ」
ざっくりと大まかな説明ながら、美由紀はとても驚き、そして苦笑いを浮かべてそう言った。
「うん」
私もそう答えて複雑な表情を浮かべる。
美由紀には、その後の西井との話も大筋で伝えた。
西井の母親が亡くなった後、父親は不倫相手と再婚したこと。
不倫相手は元既婚者で3歳の女児を連れての再婚だったこと。
しかし、父親と祖母との会話によると、義妹は実際には父親との間にできた子であるということ。
家庭に居場所がなくなったと感じた西井は中学卒業以降、実家を離れた進路に進み暮らしている、ということ。
誰かと恋愛関係になりたいとは思えないでいた気持ちは、今後も変わらないだろう、ということ。
「ヘビー過ぎる!」
想像を上回る話だったらしく、美由紀は目を丸くして声を上げた。
「だよね。それで、『つらかったね』って言って一緒に泣いて、……今は友達」
「……そっか~……」
しばらく沈黙した後、美由紀は言った。
「……ここまで辿り着くのに随分かかったね。でも、2人共、頑張ったよ」
私は美由紀の言葉に「うん」と答えながら、少し涙ぐんでいた。
「確かにこんな壮大な話、会って話さなきゃ、ちゃんと伝わらないよね」
「そうそう」
美由紀に頷きながら、私は「それでね」と続けた。
「あれから西井と連絡を取ってて、3週間くらい前にも会ったんだ」
「そうなんだ? ここで終わりかと思ったら、話はまだ続くってわけね?」
意外だという表情を見せつつも、美由紀は興味深そうに先を促した。
その日は、所在地である県外から列車で会いに来てくれた西井と駅で待ち合わせし、駅前ビル内にある食事処で遅めのランチを共にした後、駅周辺をぶらぶら散歩し、公園で話をした。
プチ同窓会のような状況においては、どうしても話題は中学1年生当時の内容になる。
西井から、そもそも当時、どうして自分に対して恋心を持ったのかを尋ねられた。
私は、顔を合わせれば両親が常に喧嘩をしている不穏状態な家庭で、関心を持たれずに成長したこともあり、穏やかに真っ直ぐに向き合って話を聞いてくれる西井から、共感や賛同をもらう中で、友情が恋心になって行ったことを話した。
話を聞いた西井はショックを受けた表情で、「ごめん」と謝った。「知らなかったとは言え、河越も大変な状況の中、好きになってくれたのに」と。
私は努めて穏やかに「気にしないで」と言った。
仕方なかったのだ。明るく笑顔で元気よくいられないような話題がタブー視されていた当時の環境で、深刻な家庭の話などできるはずもない。それは西井も同じだったのだから。
「不幸自慢大会じゃないけど、もっと大変だったのは西井の方だし」
「うん……」
同意しながらも、西井は複雑そうな表情を見せていた。
その後の両親との関係を問われ、私は回想しながら話を続けた。
私は、大学卒業後の就職に合わせて一人暮らしをすることを決めた時、相変わらず喧嘩を続ける両親に言ったのだ。「もう私もここから出て行くんだし、そんなにお互いが嫌なら離婚したら?」と。
それまでは就学中の私を理由に婚姻関係を続けていたのだろうし、学生であるあなたのために離婚しないのだ、と怒鳴り返されるのではないかと恐れ、離婚を促すことも躊躇われたが、もう充分だろうと思ったのだ。両親は共にフルタイムで働いていた。
父親は「そうだな」と、あっさり離婚に同意を示したが、母親はまさか父親がそんなことを言うとは思ってもいなかったようで、ショックを受けていた。
いつも難癖をつけて喧嘩を吹っかけ、ストレス発散をしていたのは母親の方で、母親としてはそれでも自分は受け入れられており必要とされている、と思っていたのだろう。
「離婚して1人で仕事も家事もやっていくのはあなたが大変なはずよ」と訴える母親に、父親は、「普段から家事も共同でやっていたから何とかなる」と言っていた。
「離婚したらあの子が困った時に迎えてやる場所がなくなるじゃない」と私を理由された時は、「そんなことは気にしないで」と釘を刺した。私のことなど無関心に生きて来たにもかかわらず、あなたのために離婚しない、と思い続けられる方が、吐き気がするほど嫌だった。
結局、就職と共に家を出てしばらく後、両親は離婚することを決めた。
離婚前に現在の住居を売り払ってそれぞれの住居を確保する段階で、母親からは連絡があり、私の住居に同居することを打診された。
母親は2人暮らしの利便性を説いたが、父親の代わりとばかりに言葉によるストレス発散の対象にされることを恐れた私は、「今は1人で頑張ってみたいから」とやんわり拒絶し、仕方なく母親は折れた。
それから1年と少し、今はそれぞれ別々に、それぞれの人生を歩んでいる。
「……そうだったのか……」
絞り出すようにそう言うと、西井は私の手の平に自分の手を重ねた。
生理的に色恋を受け付けないという西井を気遣い、同窓会後2人で話した時ですら背中を合わせるだけの触れ合いだったのに……! と目を見開いて驚く私に、西井は、大丈夫だから、と言うように頷いてみせた。
「あの時、『子供だって悩んだり苦しんだりすることもあるのに、親は、衣食住さえ足りてればいいと思うのか、心を傷つけたり嫌な思いさせても気にしなかったりするよね』って言ったのは、そういう事情があったからだったんだな?」
「うん……」
頷く私を、西井が抱き締めた。
「河越、優し過ぎるよ。自分だって大変だったのに、酷い態度で傷つけた俺を許すだけじゃなく、寄り添ってくれるなんてさ……」
「……それは、そうだけど……」
抱き締められた驚きでしどろもどろになりながらも、私は西井の温もりに癒されていた。そう言えば親も含めて今まで誰からも、こんなふうに抱き締められたことはなかったな、と改めて思いながら。
「俺達は、同じような境遇を経験して来たからこそ解り合える。そんな者同士なんだな……」
嬉しそうな西井の言葉に、温もりを味わいながら、私は「そうだね」と答えて微笑んでいた。

「……ってことがあってね」
微笑んでそう言う私に、美由紀は「新展開!」と驚きの声を上げた。
「それって復活愛?」
「違う。友達として、だよ」
美由紀の問いに、私は即答で否定する。
「友達同士だってハグはするでしょ?」
「まぁ、それはそうだけど」
少し不満そうな美由紀に、私は念を押すように言った。
「私の西井への恋は、中学2年の時に死んだの。残っていた亡骸も、同窓会の後に西井と話をして、成仏して消えたの。そもそも西井は私のことを、昔も今も恋愛対象として見てないんだから、復活愛でも何でもないよ」
「ふ~ん……」
あまり納得してなさそうな表情を見せると、しばらくの沈黙の後、美由紀は言った。
「まぁ、死んで成仏したかもしれないけどさ、それはそれとして、新しい恋が生まれてもいいんじゃない?」
「……っ!」
「同じ境遇なんだ、仲間なんだ、って心を開く内に、西井の気持ちも変わって行くかもしれないでしょ?」
「……それは……そうかもしれないけど……」
私は美由紀の言葉を心の中で反芻しながら、自分の思いがどうあるのか、思考を巡らせた。
「多分、西井ほどでないにせよ、私ももう、恋愛したいと思ってないのかもしれない。酷く苦しんで死なせた恋の亡骸を抱えて生きた時間が、もうあんな思いはしたくないって、私を恋に対して臆病な人間にしたのかもしれない。両親を見てたら、結婚に夢も希望も感じなくなったし、寂しくても1人の方が楽でいいかな、ってね」
美由紀はストローでアイスコーヒーをかき混ぜながら思案する。
「確かに友美は大変だったと思うよ。友美は、自分の家庭は西井や若葉ほどには酷くなかったと思ってるかもしれないけど、そういう家庭で育たなかった私にとっては、どの家も酷い家庭であることに変わりないと思うし」
言葉を切ると、美由紀は顔を上げ、私を見つめた。
「それでも、幸せになろうとすることを諦めなくていいと思うよ。どんな家庭で育った人にだって、幸せになる可能性はあると思うから。恋愛や結婚が幸せの全てとは思わないけど、あえて意識して背を向ける必要もないんじゃないかな」
「美由紀……」
「そもそも恋は、『気がついたら落ちてしまってる』ものだしね」
美由紀はそう言って笑みを浮かべた。
「そう言うよね」
私も笑みを返す。
「西井とも、こういう気持ちを持っちゃいけない、とか思わずに、無理なく、心のままに過ごしたらいいんじゃないかな」
美由紀の言葉は、固くなりそうな私の心を和らげてくれたようだ。
「そうだね。ありがとう、美由紀」
それからしばらく後の休日に、再び西井と会う約束をした。
今度は私が県外に住む西井を訪ねた。
最寄り駅に迎えに来てくれた西井は、「行きつけの美味しいラーメン屋に河越を連れて行きたい」と言い、私は西井に連れられて彼の行きつけというラーメン屋へと向かった。
行列ができるほどではないが、それなりに繁盛しているらしく、店内は客で一杯だった。券売機で選んだラーメンの食券を買うと、丁度空いた席に西井と共に座る。
美由紀にはあまり考え過ぎないよう言われていたが、デートっぽくないシュチュエーションにホッとしている自分がいるのも感じていた。
運ばれて来たのは魚介系のスープを元にしたラーメンで、あっさりした中にもしっかりした味わいが口に合い、「美味しい!」と思わず声を上げる私に、西井も嬉しそうだった。
その後は西井の住むアパートへ向かい、駐車場に止まる西井の車に乗ると、西井の希望で海を見に行くドライブへと出かけることになった。
車内に流れるCDの音楽は中学1年当時流行していた曲で、「懐かしい!」と声を上げる私に、「河越、この歌手の曲が好きだって言ってたもんな」と、西井も懐かしむように言った。
「覚えててくれたんだ?」と問われた西井は、「幸運にもね」と嬉しそうに答えた。
当時の楽しかった思い出話で盛り上がりながら進む車の窓からは、やがて遠くに海が見えるようになり、西井は入り込んだ細道の先にある駐車場に車を止めた。車から降りるとはっきりと波の音が聞こえる。
駐車場の隅にある自動販売機で飲み物を買った私と西井は海岸へと向かった。数分歩いた後に、大きく開けた砂浜の海岸が眼前に現れた。
私と西井は、砂浜の手前に設けられた階段状の低い堤防のような所に並んで腰かけ、海を眺めた。
波音を聞きながら、寄せては返す波の動きを眺めていると、不思議と心が静まるようだ。
「三浜に話したんだ。同窓会の後に河越と話したことと、その後河越から聞いた河越の色々なことを」
「三浜は、何て言ってた?」
尋ねる私の横で、西井は少しうつむいた。
「……『もっと早く話してくれてもよかったのに』って。でも、『よく頑張ったな』とも言ってくれたよ」
親友である三浜ならそう言ってくれるだろう、と頷けた。
「そっか……。よかったね」
私の言葉に、西井も微笑んでみせる。
「それで、三浜にも河越の連絡先を教えたいんだけど、いいかな?」
「ん? 別に構わないけど」
答えてほどなく、スマートフォンに三浜からのメッセージが届いた。
<よかったな。まぁ、無理せず頑張れ>
その言葉が、何だか三浜らしくて笑みが漏れる。
<うん。ありがとう>
そう返事を送っておいた。
「河越、俺、カウンセリングに通い始めたんだ」
波の動きに目をやりながら、更に西井が言葉を続けた。
「そうなんだ!? すごいね。なんか……ちょっと勇気が要りそう」
特にその、最初の一歩を踏み出すのは。
「うん。でも、河越に話をして、河越の事情も聞いて、苦しかったのは自分だけじゃなかったんだな、と思ったら、少し何とかしたい、変われたらいいな、って思ったんだよ。今まで独りで頑張って来たつもりだったけど、河越や三浜に話を聞いてもらって、独りじゃないんだって思えたら、もう少し頑張れそうな気がしてね」
少し照れ臭そうに微笑みながら話す西井の瞳は、輝いているように感じられた。
カウンセリングを受けて、いつか色恋への生理的拒絶感がなくなった西井は、誰かと恋愛をする幸せを目指すのだろうか? その未来で、隣りにいるのは誰だろうか?
そんなことを考えてしまう自分は何だか嫌な奴だと思いながら、何にせよ、西井が今より生きやすくなる未来が来ればいい、とは本当に思う。
「西井、頑張ってるんだね。無理せずに、少しずつね」
私の賞賛と励ましに笑みを見せる西井は、「まぁ、通い始めたばかりだし、道程は遠いと思ってるけどね」と言いながらも、嬉しそうだった。
「それでさ、実はこの間、ばーちゃんが亡くなって、葬儀で凄く久しぶりに実家の家族と顔を合わせたんだ」
なおも続く西井の話だったが、これはシビアな話になるかも、と思った私は表情を引き締めた。
「そうなんだ? 大丈夫だった?」
私の問いに「うん」と答えながらも、西井は少し困った表情を浮かべた。
「最後に会った時に4歳だった義妹が、中学1年になってて驚いたんだけど」
「そっか。私達が一緒だった頃だね」
「うん。その年頃の女の子が恋愛に興味があるのをわかってないわけじゃなかったけど……驚くようなことを言われてね。『お兄ちゃん、すごくイケメン! 私達親同士の再婚で兄妹になっただけだから、結婚もできるね』って。テレビでそういうのを見たらしくて」
何故か、胸がざわつくのを感じた。
「でも、確か義妹さんとは父親が同じだって言ってたけど……本人は知らないか……」
「うん、多分ね」
西井が嘆息しながら答える。
「事実を隠している以上、法的には問題ないわけだよ。それをあの親達がどう思うかはともかくね。傍で話を聞いていた2人は青褪めてた。まさか娘がそんなことを言い出すとは思ってもいなかったんだろうね」
西井は淡々と話しながらも、静かに怒っているようだった。
「それで、俺、親達の前で義妹に言ったんだよ。『結婚はできないよ。どうしても理由を知りたかったら、お父さんとお母さんに聞いてごらん。2人はわかってるからね』って」
「そうなんだ……西井、よく言ったね」
私の労いの言葉に、西井は頷いた。
「これは、『俺は知ってるんだぞ』という宣言みたいなものだからね。自分の力だけでは生きて行けない無力だった昔は、言いたくても言えなかった言葉だけど、成人して働くようなった今、やっと言えるようになったんだな、と思う」
西井の闘いと頑張りに、胸が一杯になった。
「頑張ったね、西井。凄く頑張ったよ」
西井の体に腕を回して抱き締めると、西井も「ありがとう」と言って抱き締め返してくれた。
「カウンセリングに通い始めた効果だと思うし、それは、俺の話を聞いて受け止めてくれた河越や三浜のお陰だと思ってる。ありがとう」
西井の言葉を聞きながら、自分が力になれていると思えることが、ただ嬉しかった。
私と西井は、波の動きに目をやりながら、波打ち際を歩いていた。
「もし義妹さんが、諦めなかったらどうするの?」
私の問いに、数歩前を歩く西井は私を振り向きながら微笑んだ。
「断るよ。何度でも断る。どんな関係であれ、俺が一緒にいたいのは……河越だから」
時間が、止まったように感じた。私の足も止まっていた。
美由紀の、「恋は、『気がついたら落ちてしまってる』ものだしね」という言葉が、脳内で再生される。
私は、西井の許に歩み寄ると、その手を取ってそっとつないだ。



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