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【明治文豪、令和を歩く】第21回:ルンバの現場

    現代の東京、とある落ち着いた喫茶店の奥まった席にて。路地裏の静けさを好む二人の文豪が、湯気の立つカップを前に向かい合っている。

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    夏目漱石                                                                                                                     

    おい、荷風君。あそこの床の上を、黒い平べったいものが這い回っているのが見えるかい? さっきから私の足元に来ては、ぶつかって方向転換をしていく。まるで意思を持った巨大なゲンゴロウか何かのようだが。

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                                                                                                                          永井荷風

    ああ、あれですか。……『ルンバ』とか申しましたか。現代の掃除機だそうですな。
    わたくしは最初見た時、誰かがお盆を床に落として、それが勝手に滑っているのかと思いましたよ。しかし、よく見れば不気味な動きです。生き物でもなし、道具でもなし。ただ盲目的にゴミを求めて彷徨う姿は、どうも見ていて心が寒くなります。

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    掃除機か。なるほど。
    私は昔、『一夜(※)』という作品の中に、天井から銀の糸を引いて下がる蜘蛛の雅(みやび)を書いたことがあるが、この機械にはその『雅』が微塵もないね。
    蜘蛛は風に揺れる風情があるが、こいつはモーターの音を唸らせて、ただ直角に、あるいは出鱈目に動き回るだけだ。現代人は、箒(ほうき)を持って畳の目を掃くという、あの静かな時間の流れさえも『無駄』だと断じて切り捨ててしまったらしい。

    (※)初出1905[明治38年]中央公論
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    全くでございます。箒で掃く音には、シャッ、シャッというリズムがありました。あれは朝の静寂を破る快い音楽でもあったのです。
    わたくしが『偏奇館漫録(※)』で、ゴム輪の車が砂利を噛む音を不愉快だと書いたのを覚えておいでですか? 現代の機械が出す音は、どうしてこうも神経に障るのでしょう。このルンバとやらの音も、わたくしには『もっと働け、もっと効率よくやれ』と急かされているようで、どうも虫が好かない。

    (※)初出1920[大正9年]新小説
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    ふむ。君の言う通りだ。
    それに、妙なことを考えるようだが、私はこの機械を見ていると『孤独』を感じるよ。
    昔は、女中なり細君なりが、あるいは自分自身が、家という空間に愛着を持って手入れをしたものだ。そこには『人』がいた。だが、この機械が留守の間に部屋を掃除している光景を想像したまえ。無人の部屋で、ただ機械だけが動いている。……それはまるで、人間が死に絶えた後の地球のようで、空恐ろしい気がしないか?

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    先生、それはまた随分と極端なご想像ですが……言い得て妙です。
    わたくしは『西瓜(※)』という随筆で、子供を持たぬ幸福や、孤独の安らぎについて書きましたが、この機械が醸し出す孤独は、わたくしが愛する『枯淡の孤独』とは種類が違います。これは『無機質な虚無』です。
    だいたい、あのような円盤に部屋の隅々が掃除できるのですかな? 四角い部屋を丸く掃くとはよく言ったもので、あれこそまさに『手抜き』の文明化でしょう。

    (※)初出1981[昭和56年]岩波書店
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    ははは、四角い部屋を丸く掃く、か。確かにそうだ。
    しかし現代人は、これをペットのように可愛がっているとも聞くぞ。名前をつけて、段差に引っかかっているのを助けてやったりするそうだ。
    私が『猫(※)』を書いた時、猫は人間を観察して冷笑していたが、このルンバは観察すらせん。ただひたすらに埃を吸う。人間はついに、生き物ですらないものに相棒としての情を移さねばならんほど、寂しい生き物になってしまったのかもしれんね。

    吾輩は猫である(※)初出1905年[明治38年]ホトトギス
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    ペット、ですか。呆れた話です。
    わたくしなら、あんな従順なだけの円盤よりも、気まぐれな猫の方がよほどマシです。猫は媚びませんからな。
    もしわたくしの偏奇館にあんなものが入り込んで、散らばった洋書や書き損じの原稿用紙を勝手に吸い込みでもしたら、わたくしはステッキで叩き壊してしまいますよ。
    ……おや、先生。また来ましたよ。先生の革靴の先に突撃してくるようです。

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    おっと、危ない。……やれやれ。文明の利器に追い立てられて足を上げる羽目になるとは。
    荷風君、場所を変えようか。どうもここは、我々のような旧弊な人間が落ち着いて話せる場所ではないようだ。

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    異文化ライター / AI対戦会主催 / 年間マンガ500冊レビュー / SF短編小説家 / プロいく一期生 スターバックス勤務20年。ゲーム実況15年。シェアハウス10年。 ヘッダ画像はタプローム遺跡(本人撮影)。木の根が寺院を包み込む様子が神秘的。 amazonアソシエイト参加