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自転車旅とブルべ(究極のロングライド)経験してよかったこと~人生に回り道はない~

    かつての自分は自転車旅Loveの放浪癖の持ち主だった。
    その後まさかの介護職退職で、50代にして他の業種へ転職しようとしたときに何の強みもアピールポイントもなく、スキルアップもせずに遊び惚けてきた過去を呪ったものだった。

    特に自転車旅の経験は人生の回り道だとずっと思いこんできたのだが、最近になって、今の仕事や生き方のバックボーンになっていたことにようやく気が付いた。

    【自転車旅&ブルべで身に着いたこと一覧】
    1.長時間(最長40時間)の単独行動と孤独に耐えられる
    2.Plan A, Plan B,C…の代替案や撤退まで想定した綿密なプランニングが可能
    3.「あるもので何とかする」精神とノウハウが養われた
    4.気温の変動に細かく対応できるレイヤリング術(重ね着術)を身に着けた
    5.全国40都道府県のざっくりした土地勘と地域性がわかる(国道の路面とか)

    1.の孤独に耐えられる能力は、今のライター業に活きている。1日単位で見ても最長16時間は連続作業が余裕で可能。

    2.のプランニングは、ひとり旅の企画から実行、撤退までをシミュレーションしてきた経験。これも仕事の計画に応用が効く。
    例えば納期から逆算して自ら計画し、堅実なペース配分で実行することに慣れている。

    制限時間ギリギリの追い込みについても(基本的に好きではないので避けたいが)、最後まで粘るマインドがブルべで培われた。

    ちなみにブルべ時代は、あの山の中でトラブったらどうやって撤退する?そうなる前にヤバそうなら入山する前にリタイヤしよう、撤退時の鉄道路線は~~という具合に。

    もう一つ(もう時効だから打ち明けるが)路上や建物の軒下で寝られそうな場所を物色したことも。
    現代のような治安悪化やクマ🐻出没被害もまだなかったので。いやぁ長閑だったな…

    3、4については説明に及ばないだろう。自転車旅には最低限の荷物と装備で臨むため、天候急変や急激な気温低下には、手持ちの装備でなんとか凌ぐしかなかった。

    • 夜間、地方の道の駅で、寒くて輪行袋に包まって寝た

    • 平地ルート⇒急遽山越えルートに変更した際、半袖半パンでアブに集られてしまい、筋肉痛用のインドメタシンを塗りたくって虫除け代わりにした

    • 常にスプーンかフォークを1本携行していたので、フロントフォークに詰まった泥や落ち葉をそれで除去した

    2000年代のブルべの先輩方には強者が多く、雨が降ったらゴミ袋被って走行していた(私もジテツウでならやった)。あと、ハンドルに輪ゴムでライト括りつけてた人も見たことがある(;^ω^)

    仕事で「あるもので何とか」した事例としては、デュアルモニター導入する前にスマホでリサーチしながら(あるいは原稿見て)PCで執筆やWordPress入稿していた、なんてことが。

    あと、日常生活では防寒着がいくらでもあるから、ここ2~3年冬はエアコン要らずで過ごせている(笑)

    5.の40都道府県踏破には自転車以外も含む。未踏県は7県。
    自転車オンリーだと34都道府県踏破、未踏県は13県かな?

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    全国の気候や風土、地域性を、自転車だと肌で感じられるのが強み。例えばライター業で不動産記事を書くときに

    「あのエリアは坂エグイから車ないと無理」
    「交通機関が1日〇本のバスオンリーかぁ…でも広域農道はいい感じ」
    「観光で栄えてるけど迂回路ないから日常生活大変そう」

    といった見たまま、感じたままの一次情報が入れられる💡

    …あれ?1~5いずれを取ってもプチ自慢に過ぎず、人生のバックボーンになんてなっていないのでは?

    いやいや。数十km続く登りでも逆風でも坦々とペダルを踏んでいれば必ず目的地に着くという確信と、最後まで諦めないしぶとさ。これこそ何にも替え難い、旅から得た大きな財産。

    これらを抱えて三途の川を渡る所存だ。
    あと、明らかに他者と違った視点で他者が見たことのない景色を見てきたことかな。



     
     
    50代で23年勤めた介護福祉士を辞めWebライターに。「働く」の意味を再定義しデジタル音痴を克服、生涯現役を目指す🖋宅地建物取引士、不動産終活士取得に向け学習中📚️ポートフォリオ以外は他愛ない呟きです🖥好きな作家:新田次郎

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