
雷神、主を諫む|第5章 七つの城主
断章
わしには、男の子が生まれなんだ。
家を継ぐ子がおらぬ武家は、枝の折れた木のようなものじゃ。周りは、そう見る。わしも、若いころはそう思うていた。
だが、娘が生まれた。
小さな手で、わしの指を握った。思いのほか、強い力であった。
この子は、枝ではない。根じゃ。
そう思うたのは、娘が七つの年、わしがこの城をあの子に譲ると決めた日のことである。
家中は驚いた。お屋形様も、驚かれたであろう。
驚かせておけばよい。木は、根さえ残れば、また芽を出す。
一
天正八年、如月。
立花山の城は、まだ冬の底にあった。
夜更けの城は、しんと冷えていた。文机の灯りだけが、紙の白さを浮かび上がらせ、その外側は、墨を流したような闇に沈んでいる。息を吐くと、灯りの前で、白くかすかに揺れた。
道雪は、文机に向かっていた。灯りの下に、紙が何枚も散らばっている。書いては破り、破っては書いた跡だった。
道雪は、筆を取り直した。
「父上」
戸が、少しだけ開いた。
誾千代が、顔をのぞかせていた。十二になる。背が伸び、顔立ちが母に似てきた。
「入れ」
誾千代は、静かに入ってきて、父の隣に座った。散らばった紙を、一枚拾い上げる。
「これは、何を書いておられるのですか」
「豊後の者どもへの、叱り状じゃ」
「叱り状」
「裏切るな、と書いておる」
豊後から、悪い噂が届いていた。南郡の家臣たちが、ひそかに島津と通じているという。耳川から一年あまり。負けた家からは、人が離れていく。それは筑前だけの話ではなかった。
「父上は、お屋形様の家来なのに、お屋形様の家来を叱るのですか」
道雪は、少し笑った。
「誰かが叱らねば、家は崩れる。叱る者がおらぬ家は、いずれ誰も守らぬ家になる」
誾千代は、しばらく黙っていた。
それから、ぽつりと言った。
「わたしが城主になったのも、誰かを叱るためでしたか」
道雪の筆が、止まった。
娘の顔を見た。悪戯をとがめられた子の顔ではなかった。ずっと聞きたかったことを、ようやく口にした者の顔だった。
道雪は、筆を置いた。
「そうよな」
文机の端の、古い文箱に目をやった。
「あれは、五年前の夏のことじゃった」
二
天正三年、夏。
お屋形様からの使者が、立花山に着いた。
使者が差し出した書状を読んで、道雪は、しばらく黙っていた。
書状の中身は、こうだった。立花の家督を、統連に譲れ。
「お受けできぬ、と申し上げよ」
道雪は、使者に言った。
使者の顔が、青くなった。
「されど、お屋形様の御下知にて」
「分かっておる。分かったうえで、お受けできぬ。理由は、わしが書状にしたためる」
道雪は、膝の上の、お屋形様の書状に、もう一度目を落とした。
統連は、道雪の甥の子にあたる。道雪が若いころに隠居して譲った戸次の本家を、甥の鎮連が継ぎ、統連はその子である。血筋としては、筋が通っていた。
だが、道雪は、その筋に別のものを見た。
立花山は、筑前の要である。毛利と争い、秋月と争い、何度も血を流して守ってきた城だ。それを、豊後にいる若者に継がせる。立花の家来たちは、どう思うか。
それに、家中には、こんな噂があった。
お屋形様は、口うるさい道雪を遠ざけるために、筑前へやったのだ、と。
道雪は、その噂を、信じてはいなかった。信じてはいなかったが、この書状を読むと、胸の奥で何かが冷えた。
使者が帰ったあと、道雪は薦野増時を呼んだ。
「増時。わしの養子になれ」
増時は、目を見開いた。
「もったいないお言葉にございます。されど、お断り申し上げます。わたしは、殿の家来でいとうございます。それに、殿には、誾千代様がおられます」
「……七つの娘に、城を継がせよと申すか」
「血を継ぐお方が、ここにおられます。立花の家来は、殿の娘御を、喜んで主と仰ぎましょう」
「そなたは、断るのが上手いな」
「殿に、教わりましたゆえ」
道雪は、声を上げて笑った。

三
その年の秋。
道雪は、七つの誾千代を、自分の前に座らせた。
小さな娘は、緊張していた。父の部屋に呼ばれて、正座させられることなど、それまでなかったからだ。
道雪の前には、一通の書き物があった。譲状である。
「誾千代。今日から、この城は、そなたのものじゃ」
誾千代は、目をぱちぱちさせた。
「お城が、わたしの」
「そうじゃ。城だけではない。城にあるものも、すべて、そなたが預かる」
道雪は、譲状を広げた。
一つずつ、読み上げていく。
「刀、国吉。腰刀、吉光。鎧、兜、弓、鉄砲」
誾千代は、真剣な顔で聞いていた。
「米。塩。薪。松明。水を溜める瓶。大樽」
誾千代が、首をかしげた。
「父上。お米や、塩も、書くのですか」
「そうじゃ」
道雪は、譲状を指さした。
「よいか、誾千代。城主とはな、刀の名を知る者のことではない。米が幾俵、塩が幾斗、水が幾日分あるか。それを知っておる者のことじゃ」
「なぜですか」
「城を囲まれたとき、刀では腹はふくれぬ。米と塩と水がなくなれば、どれほど強い武者も、城を捨てる」
誾千代は、しばらく考えていた。
それから、小さな声で言った。
「では、わたしは、まず、お米を数えます」
道雪は、目を細めた。
「それでよい」
部屋の隅には、道雪の妻が控えていた。
筑後の問註所の家から嫁いできた人である。口数は少ないが、城の台所と蔵のことは、誰よりもよく知っていた。道雪が戦に出ているあいだ、城の米と塩を数えてきたのは、この人だった。
娘が「まず、お米を数えます」と言ったとき、妻は、袖で口元を隠して、小さく笑った。
冬の初め、豊後から、お屋形様と若殿の書状が届いた。立花の家督を、誾千代に継がせることを認める、という書き付けだった。
お屋形様は、それ以上、何も言ってこなかった。
怒っているのか。呆れているのか。道雪には、分からなかった。
ただ、書状の最後に、お屋形様の手で、小さく一言、添えてあった。
筑前は、お主に任せる。
耳川の前の夏に、臼杵で聞いたのと、同じ言葉だった。
*
「……それで、わたしが城主になったのですか」
誾千代が言った。
灯りが、少し揺れた。
「誰かを叱るためでは、なかったのですね」
「叱るためではない」
道雪は言った。
「守るためじゃ。この城と、この城の者たちを。それには、この城で生まれ、この城で育った者が要る。そなたは、そういう者じゃ」
誾千代は、黙って、父の書きかけの叱り状を見ていた。
「わたしは、お米の数を、ちゃんと知っております」
「知っておる」
道雪は、娘の頭に手を置いた。
四
天正八年の秋、龍造寺の大軍が、筑前に入ってきた。
豊後からの援軍は、来なかった。
六助が、廊下で、若い定衆たちに話しているのが聞こえた。
「豊後は、こっちのことなんか、どうでもいいんじゃろか」
若い者が言った。
「そげなこと、言うもんじゃねえ」
六助がたしなめた。
「殿が黙っちょるんやけ、わしらが口を出すことじゃねえ」
「やけど、六助さん。臼杵では、お屋形様が、南蛮の学び舎を建てよるっち聞いた。こっちは米も足りんのに」
六助は、しばらく黙っていた。
「……知っちょる」
それだけ言った。
※〜やけ=〜だから。〜っち=〜と
道雪は、その声を、障子越しに聞いていた。
聞こえぬふりをして、部屋に戻った。
神無月のある夜、城の西の物見から、狼煙が上がった。
龍造寺の先手が、夜陰にまぎれて、城の西の尾根まで忍び寄ってきたのだ。
城の中が、一気に騒がしくなった。鐘が鳴らされ、兵たちが武具をつかんで走り出す。
その夜、道雪は、熱を出して寝込んでいた。秋の長雨のあとで、古い傷が疼き、夕方から起き上がれずにいたのだ。
「殿は、動かせませぬ」
薦野増時が、兵たちを西の尾根へ向かわせながら、苦い顔で言った。
そのとき、本丸の奥から、誾千代が出てきた。
十二の娘だった。寝間着の上に、父の古い陣羽織を羽織っていた。大きすぎて、裾が床を引きずっている。
「皆、聞きなさい」
誾千代の声は、震えていなかった。
「兵は、西の尾根へ出ました。ここを守るのは、わたしたちです」
侍女たちが、顔を見合わせた。
「台所の者は、ありったけの米を炊いて、握り飯にしなさい。尾根の兵は、夜通し戦えば、腹が減ります。水瓶の水を、桶に分けて、門の内側に並べなさい。火矢が来たら、すぐに消せるように」
誾千代は、一人ひとりの顔を見ながら、言った。
「力のある者は、石垣の上に、石を運びなさい。敵が登ってきたら、落とします」
「姫さま。わたしたちに、そのようなことが」
年かさの侍女が、震える声で言った。
誾千代は、その侍女の手を取った。
「できます。父上が、いつも言っておられます。城を守るのは、刀ではない。米と塩と水を知っている者じゃ、と」
誾千代は、少しだけ笑った。
「わたしたちは、この城の米と塩と水を、誰よりもよく知っています」
侍女たちの顔つきが、変わった。
その夜、立花山の本丸では、女たちが、米を炊き、水を運び、石を積んだ。誾千代は、その間を走り回り、一つずつ指図した。
夜半過ぎ、西の尾根の戦が、収まった。
龍造寺の先手は、増時の兵に追い払われて、山を下りていった。
明け方、兵たちが本丸に戻ってくると、門の内側に、握り飯が山のように積まれていた。水の入った桶が、ずらりと並んでいた。石垣の上には、石が積み上げられていた。
兵たちは、目を丸くした。
その真ん中で、父の陣羽織を羽織った誾千代が、柱にもたれて、眠り込んでいた。
*
昼過ぎ、熱の下がった道雪は、増時から昨夜の話を聞いた。
道雪は、しばらく何も言わなかった。
それから、床の上に身を起こし、本丸のほうを見た。
「……わしの陣羽織を、着ておったか」
「はい。裾を、引きずっておられました」
道雪は、ふっと息を吐いた。
「あれは、わしが若いころの羽織じゃ。誾千代には、まだ大きかろう」
「いずれ、ちょうどよくなりましょう」
増時が言った。
道雪は、答えなかった。
ただ、その目の端が、少しだけ光って見えた。
冬が来る前に、龍造寺との和睦が成った。仲立ちをしたのは、筑紫広門である。
筑前十五郡のうち、西南の九郡を龍造寺に譲る和睦だった。
戦わずに、筑前の半分以上を明け渡したことになる。
家中には、不満の声もあった。雷神と呼ばれた道雪が、戦わずに頭を下げるのか、と。
道雪は、何も言い返さなかった。
和睦の夜、誾千代が、父の部屋を訪ねてきた。
「父上」
「なんじゃ」
「父上は、お屋形様が、お嫌いなのですか」
道雪は、顔を上げた。
娘は、まっすぐに父を見ていた。廊下での六助たちの話を、この子も聞いていたのかもしれない。
道雪は、しばらく考えた。
「嫌いなら、とうに黙っておる」
誾千代は、目をまたたいた。
「黙らぬのは、好きだからじゃ。好きでなければ、叱りはせぬ」
誾千代は、その言葉を、しばらく胸の中で転がしているようだった。
やがて、小さく笑った。
「父上は、不器用ですね」
「やかましい」
道雪は、ぶっきらぼうに言った。
耳の端が、少し赤かった。
史実メモ
一五七五年(天正三年)、宗麟の命で、戸次家を継いでいた甥・鎮連の子である統連に、立花家の家督を譲るよう迫られましたが、道雪はこれを拒みました。重臣の薦野増時を養子にしようとしましたが、増時が辞退したため、娘の誾千代に家督を譲りました。
誾千代が城主になったことは、宗麟と義統の書状に見えます。女性の城主として、史料で確かめられる、きわめて珍しい例です。
道雪が誾千代に残した「戸次道雪譲状」には、刀「国吉」や腰刀「吉光」などの武具とともに、米・塩・薪・松明・水瓶・大樽など、籠城に備えた品が書き上げられていると紹介されています。
宗麟が、諫言の多い道雪を遠ざけるために筑前の立花城へやったという説があります(確かな史料は確認できていません)。
一五八〇年二月、道雪は豊後南郡の家臣たちの裏切りを心配し、九か条の檄文を出しました。文面は本文には出していません。
一五八〇年秋、龍造寺氏が筑前に攻め込み、筑紫広門の仲立ちで和睦しました。筑前十五郡を分け、東北の六郡を大友領、西南の九郡を龍造寺領としたとされます。
書状に添えられた宗麟の一言、誾千代との会話、六助たちの会話は創作です。臼杵の「南蛮の学び舎」は、このころ臼杵にイエズス会の修練院(ノビシャド)が置かれたことをもとにしています。
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