
雷神、主を諫む|第9章 筑後へ
断章
七十を過ぎて、一日に十五里を駆けた。
駆けたのは、わしではない。わしを担いだ若い者たちの足じゃ。
わしは、輿の上で揺られていただけよ。揺られながら、手棒で縁を叩き、声を張り上げていただけよ。
それでも、人は、雷神が駆けたと言う。
違う。駆けたのは、名もない若い者たちじゃ。
わしの名の陰で、その者たちの名は、どこにも残らぬ。
それが、わしには、口惜しい。
一
天正十二年、葉月十八日。
道雪と紹運の兵、合わせて五千が、筑前から筑後へ向かった。
道は、険しかった。
平らな道を行けば、敵に読まれる。道雪は、あえて山を越える道を選んだ。耳納の山々。九十九折りの坂。道らしい道もない、獣の通る径。
輿を担ぐ定衆たちの肩に、棒が食い込んだ。
「えい、とう」
道雪の声に合わせて、担ぎ手たちが足を運ぶ。六助が先頭で声を張り、弥平が後ろで棒を支えていた。
昼過ぎ、山を下りた河原で、鉄砲の音が響いた。
秋月、筑紫、草野、星野。筑前と筑後の国衆が手を組み、川の渡り口に鉄砲隊を伏せて、待ち構えていたのだ。
弾が、輿のすぐ脇の土を跳ね上げた。
「殿を下ろせ!」
誰かが叫んだ。
「下ろすな」
道雪の声が、それをかき消した。
「止まれば、狙われる。渡れ。川を渡りきれ」
担ぎ手たちが、水の中へ踏み込んだ。
川の流れが、膝を、腰を、押し返してくる。輿が傾く。六助が、肩を入れ直して、支えた。
向こう岸の茂みから、また鉄砲が火を噴いた。
そのときだった。
輿の後ろで、弥平が、棒から肩を外した。
輿の横へ、身を投げるように回り込んだ。
乾いた音がした。
弥平の体が、大きく揺れた。
「弥平!」
六助が叫んだ。
弥平は、倒れなかった。輿の脇に、両手を広げて立っていた。鉄砲の筒が向いている、その方角に。
もう一発、音がした。
弥平は、ゆっくりと川の中へ崩れ落ちた。
二
戦は、紹運の兵が敵の横を突いて、ほどなく終わった。
伏せていた国衆たちは、散り散りに逃げていった。
川原に、弥平が横たえられていた。
胸と腹に、二つの穴が開いていた。
道雪は、輿から降りた。六助が肩を貸そうとした。道雪は、今度は、それを払わなかった。
六助の肩につかまりながら、道雪は、弥平のそばに、膝をついた。
弥平は、まだ、息があった。
「……殿」
「しゃべるな」
「殿は、ご無事で」
「無事じゃ。そなたのおかげでな」
弥平は、笑おうとした。
「二度、命を、拾うてもろうたけ。一度くらい、返さんと」
※〜け=〜から
「たわけ」
道雪の声が、震えた。
「わしは、死ねと言うたことはない。生きて担げと、言うたのじゃ」
「……へえ」
弥平は、目を閉じた。
「あの娘に、すまんっち、伝えて……」
声が、途切れた。
川の音だけが、続いていた。
道雪は、しばらく動かなかった。
それから、弥平の濡れた髪を、そっと撫でた。
猫の背を撫でるときと、同じ手つきだった。
「……六助」
「へえ」
六助の声は、かすれていた。
「この者の名を、書き留めておけ。どこの村の、誰の子か。立花の城へ戻ったら、あの娘と、この者の親に、わしが会う」
「へえ」
「それから」
道雪は、立ち上がろうとした。足が、言うことをきかなかった。六助が、両手で支えた。
「担ぎ手を、一人、足せ。今夜のうちに、行かねばならぬ」
六助は、目を見開いた。
「今夜、ですか」
「弥平が命で開けた道じゃ。止まれば、無駄になる」
三
その日のうちに、道雪の軍は、筑前から筑後まで、十五里を駆けた。
翌日の夕方、筑後の高牟礼の城の下に着いた。
猫尾の城を守る支城である。城の者たちは、まさか一日で筑前から兵が来るとは思っていなかったらしい。城の上で、兵たちが慌てて走り回るのが見えた。
道雪は、城を力で攻めなかった。
城の将に、使いを出した。
この城を開けよ。開ければ、命は取らぬ。龍造寺は、もうそなたらを助けには来ぬ。
二日目の夕方、城の門が細く開き、男が一人、出てきた。
城将の椿原だった。四十がらみの、頬のこけた男だった。供も連れず、刀も帯びていなかった。
道雪は、輿を城の前の野に据えさせ、その上で待った。
椿原は、輿の前で膝をついた。
「雷神殿が、じきじきにお出ましとは」
「雷神は、もう自分の足では歩けぬ。輿の上から失礼する」
椿原は、少し驚いた顔をした。噂に聞く鬼のような大将が、こんなことを言うとは思っていなかったのだろう。
「城を開けよ、とのお申し入れ。まことに、命は取らぬと」
「取らぬ」
道雪は言った。
「わしは、嘘はつかぬ。嘘をつく大将の下には、人は集まらぬ。そなたも、城を預かる身なら、分かるであろう」
椿原は、黙っていた。
「城の中の米は、あと幾日分ある」
道雪の問いに、椿原の顔がこわばった。
「……それは」
「答えずともよい。顔に出ておる」
道雪は、少しだけ声を和らげた。
「十日か。いや、七日か。龍造寺の援けは来ぬ。隆信殿は、春に死んだ。そなたの兵が、腹を空かせて死ぬのを、わしは見たくない」
椿原の肩が、わずかに震えた。
「城を開ければ、まず、そなたの兵に飯を食わせる。わしの兵糧からな。それから、望む者は家へ帰す。残りたい者は、わしが預かる」
長い沈黙があった。
野を渡る風が、輿の簾を揺らした。
やがて、椿原は、地に手をついた。
「……三日、お待ちください。城の者たちと、話をいたします」
「待とう」
道雪は言った。
「ただし、三日じゃ。四日目の朝には、こちらから参る」
府内からの兵糧は、約束の半分も届いていなかった。届いた荷にも、遅れの詫びは一言もなかった。
陣の者たちは、口には出さずに、腹を空かせていた。
椿原が城へ戻っていくのを見送りながら、六助が小声で言った。
「殿。ほんとに、こっちの兵糧を分けなさるんですか。わしらの分も、足りちょらんのに」
※〜ちょらん=〜ていない
「分ける」
道雪は言った。
「城を一つ、血を流さずに取れるなら、米など安いものじゃ。それに、腹の減った者に飯を食わせた大将の噂は、敵の城にもすぐ届く。次の城は、もっと早う開く」
六助は、目を丸くした。それから、感心したように、首を振った。
四日後、高牟礼の城は、門を開いた。
それを聞いて、近くの城が、次々と降ってきた。高良山の座主も、大友方に加わると知らせてきた。
長月の朔日、猫尾の城が落ちた。半年近く、豊後の兵を寄せつけなかった城だった。
夜、道雪は陣屋で、立花山に残してきた薦野増時に宛てて、文を書いた。
黒木は、紹運とわしに、種々の詫びを入れてきた。朔日、猫尾は降った。参陣以来、両家で討ち取った首は、二百を超える。
そこまで書いて、筆が止まった。
首の数は、書ける。だが、こちらで死んだ者の名は、書き切れない。
道雪はしばらく考えてから、文の端に一行、書き足した。
定衆の弥平、わしを守りて死す。その親と、あの娘に、手厚く報いよ。

四
長月の半ば、道雪と紹運の軍は、柳川の城の前にいた。
筑後でいちばん大きな城だった。
城の周りを、幾筋もの堀が、網の目のように巡っている。堀の向こうには、沼と葦原が広がっている。どこから攻めても、足を取られる。九州でも名の知れた、水の城だった。
道雪は、輿の上から、長いあいだ、城を見ていた。
「……落ちぬな」
ぽつりと言った。
紹運が、隣で頷いた。
「力で攻めれば、兵が堀に沈みます。囲んで干すには、時がかかりすぎます」
「時は、ない」
道雪は、空を見上げた。
秋の雲が、筑後の平野の上を、ゆっくりと流れていた。
「豊後は、この先、どれだけ兵と米を送ってくると思う」
紹運は、答えなかった。
答えは、二人とも、分かっていた。
神無月三日、道雪と紹運は、柳川の囲みを解き、高良山へ退いた。
高良山は、筑後の平野を見下ろす山である。筑後川が、その足元を流れている。ここなら、筑後の敵の動きが、手に取るように見える。
陣を張り終えた夜、道雪は、山の上から、平野を見ていた。
遠くに、柳川の城の灯りが、小さく見えた。
さらにその先、ずっと東の、山々の向こうに、豊後がある。臼杵がある。
「殿。冷えますよ」
六助が、羽織を持ってきた。
道雪は、黙ってそれを肩にかけさせた。
「六助」
「へえ」
「年を、ここで越すことになろう」
「……へえ」
「弥平の分まで、担いでくれ」
六助は、しばらく黙っていた。
それから、小さく言った。
「担いちょります。ずっと」
※〜ちょります=〜ています
道雪は、何も言わなかった。
ただ、羽織の前を、少しだけきつく合わせた。
史実メモ
一五八四年(天正十二年)八月十八日、道雪と紹運は約五千の兵で筑後へ出陣しました。険しい山を越え、待ち伏せていた秋月・筑紫・草野・星野の連合軍を破り、わずか一日で筑前から筑後まで十五里(約六十キロ)を進んだと伝わります。道雪は輿に乗ったまま行軍したとされます。
八月十九日に高牟礼城の下に着き、道雪は城将を調略して、二十四日に開城させました。高良山の座主らも大友方に加わり、九月一日(一説に五日)、猫尾城が落城しました。
道雪が薦野増時に宛てた九月三日付の書状には、猫尾城の降伏や、参陣以来両家で二百余りの首を討ち取ったことが書かれています(この章では、その内容をもとに文面を書きました)。
柳川城は難攻の水城で攻略できず、十月三日、道雪と紹運は高良山へ引き揚げ、そのまま年を越しました。
道雪に許された家臣が、のちに道雪を守って戦死したという話が伝わっています。この章では、それを弥平の最期として描きました。弥平と、書状に書き足した一行は創作です。
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