
【clum! '95 #58】贈り物とお願い

1996年、2月7日。水曜日。
佐賀の冬特有の、乾燥した冷たい風が碧翔学園の校舎を吹き抜けていました。
僕、早坂一頼、13歳の誕生日。
お試し期間を経て、立夏先輩と正式に付き合い始めてから初めて迎える「特別な日」です。
放課後。部活が始まる前の短い時間。
佐野先輩は僕を、中等部校舎の裏にある、あまり人気のないベンチへと呼び出した。
「……一頼。誕生日、おめでとう。これ、たいしたもんじゃないけど」
立夏先輩は、不器用な手つきで小さな紙袋を差し出した。

受け取った僕は、少し驚いたけれど、それからうれしくて笑ってしまった。
「ありがとう、立夏先輩。……開けても、いいかな?」
袋の中から出てきたのは、二つの贈り物だった。
ブルーブラックのインクの、少し重みのあるボールペン。
僕の星座、みずがめ座のシンボルが型押しされた、深い紺色の革製ブックカバー。

「一頼、手紙書くの好きでしょ? 筆マメだし。……あと、いつも図書室で本読んでるから。……おしゃれなものとか、よく分かんないからさ、実用的なやつになっちゃったけど」
立夏先輩は照れ隠しに、少しぶっきらぼうに付け加えた。
その時、近くの放送室から、昼休みの残響のようにスピッツの『空も飛べるはず』が流れてきた。この年、ドラマの影響で再評価され、街中のいたる所で流れていた名曲だ。
「ううん、すごく嬉しいよ。……僕、立夏先輩に手紙を書く時、いつも学校でも使ってる安いペンだったから。これからは、これで書くね。ブックカバーも、大切に使うよ」
僕は、ブックカバーの革の匂いをそっと嗅ぎ、それから胸に抱えた。これは、宝物になる。
おしゃれには無頓着な僕だが、自分の「好き」をちゃんと見ていてくれた立夏先輩の気持ちが、何よりも温かかった。
僕が本を読んだり、手紙を書いたりすることが好きなこと、覚えててくれてたんだ。
「……あのさ、一頼」
「ん?」

「バレンタイン、チョコもちゃんと作るから。……でも、今日は誕生日だから。……13歳の一頼も、ちゃんとあたしの隣にいてよね」
立夏先輩は、僕の制服の袖をちょんと引いた。
そして、意を決したように言葉を紡いだ。
「あと、もう一つだけ聞いて欲しいことがあるの。……そろそろ『先輩』、つけないで…」
「え?」
「だから、『立夏』って呼んでって言ってるの!」

「……え、でも、付き合ってるとはいえ、そんな……先輩は先輩なので」
「じゃあ、二人のときだけでもいいから! ……お」
「?」
「お願い……っ!」
珍しく素直に「お願い」を口にした立夏先輩に、僕は驚いた。
立夏先輩の顔の熱さが伝わるかのように、僕の顔もだんだんと熱くなっていく。
「じゃ、じゃあ。呼びます。
……りっか……
さん」
「『さん』も無しで!」
「り、りっか!」
「もう一回!」
「え、ええぇ……」

「り、りっ……か……。うん、少し慣れてきました」
何度も消え入りそうな小さな声で立夏の名前を呼ぶ。
プレゼントよりも、「立夏」と呼べたことが、13歳最初の一番大きな出来事になった。


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