
【clum! '95 #53】初詣の長い列

1996年、1月1日。
佐賀の冬は、天山から遮るもののない平野へと吹き下ろす風が肌を刺すような冷たさだが、新年の朝の空気はどこか神聖で、ピリリとした緊張感に満ちている。
佐賀神社の巨大な鳥居の前。携帯電話のない時代、10時の待ち合わせに遅れることは許されない。

そこには、波乱の秋を乗り越え、少しだけ大人びた表情の7人が揃っていた。
「あけましておめでとうーっ! 全員、遅刻なしね!」

佐野立夏の元気な声が、初詣客の喧騒の中に響く。彼女はいつものポニーテールに、都会への憧れを感じさせる真っ赤なコート。
その隣で、早坂一頼は贈られたばかりのネイビーの手袋をはめ、少し照れくさそうに「おめでとう、立夏先輩」と微笑んでいる。
一方、折館迅は、岡本玲の清楚な振袖を前に、完全に言葉を失っていた。

「……きれいだ。似合ってる。玲」
「ありがとう、迅くん。……あ、お兄ちゃん、そんなに睨まないで」
隣では、白衣をコートに着替えた岡本樹が、マフラーを口元まで巻き上げ、迅に「……冬とはいえど強めの紫外線と人混みによるストレスで、僕の堪忍袋の緒が熱力学的に限界を迎えそうだよ」と毒づいている。
「皆さん! 新年あけましておめでとうございます!」

稲城芳彦が、初日の出のような明るい「放送部ボイス」で挨拶する。失恋の傷を空手の稽古で昇華した彼は、誰よりも清々しい顔をしていた。
その様子を、野瀬隆文が新しいフィルムを装填したカメラで、面白そうに狙っている。
長い列に並び、ようやく拝殿の前へ。
お賽銭を投げ、鈴を鳴らし、7人はそれぞれの願いを込めて目を閉じる。

一頼(立夏先輩と、ずっと笑っていられますように)
立夏(バスケ部優勝! あと、一頼との時間が止まりませんように!)
迅は静かに目を閉じた。
迅(……玲を、今度こそ守り抜けますように)
玲(お兄ちゃんが健康で、……みんなとずっと一緒にいられますように)
樹(……玲に近づく害虫が、統計学的に有意なレベルで減少しますように……あと僕の喘息完治も)
稲城(よいご縁がありますように)
野瀬(今年も楽しいことが沢山ありますように)
「よし! おみくじ引くわよ!」
立夏の号令で、一行はおみくじ売り場へ。
「大吉だーっ! ほら、一頼! あたしたち、今年は無敵だよ!」
「あ、僕は……末吉。『待ち人:来ず、音信あり』か。……もう来てるからいいのかな」

迅と玲は、二人で並んでおみくじを開きます。

「……俺、中吉。『恋愛:誠意を尽くせば道開ける』。……誠意か」
「私は小吉。……『病気:信心せよ』だって。お兄ちゃんのことを祈らなきゃ」
「僕は吉か。ふん、どっちつかずだが、まぁいい」

芳彦は「大吉! 『勝負:声高らかに挑めば勝利あり』! まさに僕のための言葉だ!」と叫び、野瀬は「……凶。ふーん、逆にインスピレーション湧くね」と不敵に笑っています。
境内の屋台で梅ヶ枝餅やたこ焼きを買い、7人は佐賀神社の境内を後にします。
「ねえ、今年はみんなで東京に行かない? 夏休みとかさ!」
立夏の突拍子もない提案に、迅が呆れたように笑い、樹が「コストと移動距離の合理性と保護者への説得材料をプレゼンしてくれたまえ」と返し、芳彦が「僕、東京のラジオ局を見学したいです!」と乗っかる。
1995年という、激動の、けれど愛おしい一年が終わり、1996年。彼らの物語は、まだ始まったばかりでした。


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