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焼け野原に最初に戻ってきた生き物は、キノコだったという。足元に広がる「菌の王国」をのぞく洋書5冊

    冷蔵庫の奥で、いつの間にかパンにカビが生えていた。思わず顔をしかめて捨ててしまう。そんな「菌」との出会いばかりだと、菌類はなんとなく汚くて、厄介なものに思えてしまう。

    だが、私たちが毎日食べているパンもビールも、菌の一種である酵母がいなければ生まれなかった。森の木々は地下の菌糸とつながって生きているし、ある本によれば、原爆で焼き尽くされた広島に最初に戻ってきた生き物は、キノコだったという。菌類は、私たちの暮らしと地球の生態系を、目に見えないところで支えている存在なのだ。

    この記事では、キノコや酵母、カビといった菌類の世界をのぞける英語のノンフィクションを5冊紹介する。人類学、採集の現場、ミクロの世界、雑学、そして文明史。読み終えたあと、森を歩くときも、台所に立つときも、世界が少し違って見えるはずだ。

    世界を旅するマツタケが映し出す、壊れた世界での生き延び方

    The Mushroom at the End of the World: On the Possibility of Life in Capitalist Ruins(Anna Lowenhaupt Tsing)

    日本語版: マツタケ――不確定な時代を生きる術

    1冊目は、日本人にもなじみ深いマツタケを主人公にした、ちょっと変わった本だ。著者のアナ・チンは、アメリカの人類学者。本書は、マツタケという一つのキノコを追いかけながら、人間と自然、そして経済の関係を考えていく。

    本書の始まりに置かれているのが、この記事の冒頭で触れた話だ。1945年に原爆で焼き尽くされた広島で、最初に姿を現した生き物はマツタケだったと言われている。マツタケは、人間が壊してしまった森、荒れた土地でこそよく育つキノコなのだ。チンはこの事実を手がかりに、人間が壊してしまった世界の中で、どうやって生き延びていくのかという問いを立てる。

    舞台の一つは、アメリカ・オレゴン州の森だ。そこでは、東南アジアからの移民や、戦争から帰ってきた元兵士など、さまざまな背景を持つ人々が、マツタケを採って生計を立てている。採られたマツタケは、仲買人の手を経て、海を越え、日本の市場に運ばれていく。一本のキノコが、移民の歴史、グローバルな経済、日本の食文化を結びつけているのだ。

    学術書ではあるが、短い章が積み重なる構成で、エッセイのように読み進められる。

    こんな人に刺さる:

    ・環境問題や経済のあり方を、新しい視点で考えたい人

    ・一つのモノから世界を読み解く本が好きな人

    日本語版も出ているので、英語で難しい部分は照らし合わせながら読める。The Mushroom at the End of the Worldは、まずサンプルで冒頭の広島の話を読んでみてほしい。


    山火事の跡に、アミガサタケが一斉に生える。野生のキノコで生きる人々

    The Mushroom Hunters: On the Trail of an Underground America(Langdon Cook)

    2冊目は、野生のキノコを採って生活する人々の世界に入り込んだルポだ。著者のラングドン・クックは、アメリカ北西部を拠点に、採集や食について書いてきた作家。

    アメリカの高級レストランで出てくるアンズタケやアミガサタケの多くは、栽培されたものではなく、森で採られた野生のキノコだ。その採集を担っているのが、季節ごとにキノコを追って移動する「ピッカー」と呼ばれる人々だ。クックは、そんなベテランのピッカーや、採れたキノコをシェフたちに届ける業者と行動をともにし、表の世界からは見えないキノコ経済の内側を描いていく。

    印象的なのは、山火事の跡地の話だ。アミガサタケは、大きな森林火災が起きた翌年の春に、焼けた土地に一斉に生えてくることがある。ピッカーたちはその情報をいち早くつかみ、焼け跡に集まってくる。黒く焦げた森の中で、キノコを探して地面に目を凝らす人々の姿は、どこか宝探しのようでもある。

    自然の恵みを頼りに生きる自由と、その不安定さ。本書は、キノコを通して、アメリカのもう一つの生き方を見せてくれる。1冊目と同じく、野生のキノコと人間の経済が交わる場所を描いているので、2冊を続けて読むと視野がぐっと広がる。

    こんな人に刺さる:

    ・アウトドアや、自給自足的な暮らしに憧れがある人

    ・食材がどこから来るのか、その裏側を知りたい人

    キノコ料理の描写も多く、読んでいるとお腹が空いてくる。The Mushroom Huntersは、秋の夜長にぴったりの1冊だ。

    ちなみに、食べ物の裏側にある物語を読むのは、本当に楽しい。食をテーマにした英語のノンフィクションについては、こちらの記事でも紹介している。

    レシピは一つも載っていない。それでも腹が減る——英語で読む「食」のノンフィクション5冊

    家の壁にも、私たちの体にも。目に見えない菌類の王国へようこそ

    The Hidden Kingdom of Fungi: Exploring the Microscopic World in Our Forests, Homes, and Bodies(Keith Seifert)

    3冊目は、キノコよりもさらに小さな、目に見えない菌類の世界を案内してくれる本だ。著者のキース・サイファートは、カナダで長年カビなどの微小な菌類を研究してきた菌類学者。

    菌類というと、キノコを思い浮かべる人が多い。だが実際には、菌類の大部分は、肉眼では見えないほど小さなカビや酵母の仲間だ。本書のサブタイトルにあるとおり、それらは森の中だけでなく、私たちの家の中にも、そして私たち自身の体の中にも暮らしている。

    本書を読んで驚くのは、菌類が、植物よりもむしろ動物に近い生き物だということだ。そして、世界にいる菌類の種のうち、科学者が名前を付けて記録できているのは、ほんの一部にすぎないと考えられている。私たちのすぐそばに、まだ誰も知らない生き物が無数にいるのだ。

    ペニシリンのように人の命を救ってきた菌もいれば、食べ物を腐らせたり、作物に病気をもたらしたりする菌もいる。本書は、そうした菌類の多様な姿を、研究者ならではの愛情を込めて紹介していく。読み終えると、浴室のカビにさえ、ほんの少し敬意を払いたくなるから不思議だ。

    こんな人に刺さる:

    ・生物学や、ミクロの世界に興味がある人

    ・身のまわりの「見えないもの」の正体を知りたい人

    内容は本格的だが、専門用語には丁寧な説明が添えられている。The Hidden Kingdom of Fungiは、菌類の世界の全体像をつかむのに最適な1冊だ。


    ピーター・ラビットの作者は、キノコの研究者でもあった。A to Zで読む菌の雑学

    Fungipedia: A Brief Compendium of Mushroom Lore(Lawrence Millman)

    4冊目は、キノコにまつわる話題をアルファベット順に並べた、小さな百科事典のような本だ。著者のローレンス・ミルマンは、菌類学者でもあり、旅行作家としても活躍してきた人物。科学の知識と、物語を語る力の両方を持った書き手だ。

    本書には、キノコの科学から、歴史、文学、民話、料理まで、ありとあらゆる話題が詰め込まれている。なかでも驚いたのが、『ピーター・ラビット』の作者として知られるビアトリクス・ポターの話だ。彼女は若いころ、キノコの観察と研究に熱中し、数多くの精密なキノコの絵を描いていた。菌類の研究論文も書いたが、当時の学会は女性の研究を正式に受け入れておらず、彼女の論文が正当に評価されることはなかった。のちに彼女が絵本作家として世界的に有名になったことを思うと、歴史の皮肉を感じずにはいられない。

    ほかにも、アルプスの氷河で見つかった約5000年前の男性、いわゆる「アイスマン」が、キノコを持ち歩いていたという話など、思わず人に話したくなるエピソードが満載だ。

    1項目が短いので、どこから読んでもいい。寝る前に数ページずつ読むのにも向いている。

    こんな人に刺さる:

    ・雑学や、ちょっと変わった豆知識が好きな人

    ・長い英文を読むのはまだ不安だけれど、洋書に挑戦してみたい人

    挿絵もかわいらしく、贈り物にも向いている。Fungipediaは、5冊の中でいちばん気軽に開ける1冊だ。


    パンもビールもワインも、この菌がいなければ生まれなかった

    The Rise of Yeast: How the sugar fungus shaped civilisation(Nicholas P. Money)

    最後は、私たちにいちばん身近な菌、酵母の本だ。著者のニコラス・マネーは、アメリカの大学で菌類を研究してきた菌類学者で、一般向けの菌類の本も数多く書いている。

    酵母は、糖を食べてアルコールと二酸化炭素を作り出す、小さな単細胞の菌だ。この働きのおかげで、パンはふくらみ、ブドウの汁はワインになり、麦はビールになる。人類は、酵母という生き物の存在を知るずっと前から、何千年もの間、この菌と一緒に暮らしてきたのだ。本書は、そんな酵母と人類の長い付き合いを、文明の歴史とともにたどっていく。

    面白いのは、酵母の活躍が、食べ物やお酒だけにとどまらないことだ。酵母は、生物学の研究に欠かせない「モデル生物」として、遺伝子や細胞のしくみの解明に大きな役割を果たしてきた。いまでは、糖尿病の治療に使われるインスリンなどの医薬品づくりにも、酵母が活躍している。パン屋の菌が、医療の最前線を支えているのだ。

    読み終えたあと、焼きたてのパンをかじるとき、ビールの泡を眺めるとき、その向こうにいる小さな菌の存在を思い出さずにはいられなくなる。

    こんな人に刺さる:

    ・パン作りやお酒が好きな人

    ・身近なものの歴史を、科学の視点で知りたい人

    ページ数は多くないので、週末に1冊読み切れる。The Rise of Yeastは、5冊の締めくくりに、身近な菌の物語を楽しんでほしい。


    英語で読むなら、どの順番がいいか

    英語で読むなら、まずは1項目が短いFungipediaから始めるのがおすすめだ。fungus(菌類)の複数形が fungi であることや、mycelium(菌糸体)、spore(胞子)といった基本的な単語に、雑学を楽しみながら慣れることができる。

    次に、ルポとして読みやすいThe Mushroom Huntersへ。そのあとで、科学の本である3冊目と5冊目に進むと、専門的な説明もすっと頭に入ってくる。1冊目は、学術的な表現が多いので最後に回し、日本語版と照らし合わせながら読むといい。

    菌類は、世界をつなぐ見えない糸だ

    5冊を読み終えて感じるのは、菌類は、ばらばらに見えるものを結びつける存在だということだ。

    マツタケは、壊れた森と移民と日本の食卓を結びつけていた。野生のキノコは、山火事の跡と高級レストランを結びつけていた。そして酵母は、何千年も前のパン屋と、現代の医療の現場を結びつけている。目に見えないほど小さな生き物が、私たちの世界をこれほど広く、深く支えていたのだ。

    次に森を歩くときは、足元に少しだけ目を向けてみてほしい。落ち葉の下には、何キロにもわたって菌糸のネットワークが広がっているかもしれない。そう思うだけで、いつもの散歩道が、未知の王国への入り口に変わるはずだ。

    今日の1冊を選ぶなら

    ・マツタケから世界の今を考えたいなら → The Mushroom at the End of the World

    ・野生のキノコで生きる人々を知りたいなら → The Mushroom Hunters

    ・目に見えない菌類の世界を探検したいなら → The Hidden Kingdom of Fungi

    ・キノコの雑学を気軽に楽しみたいなら → Fungipedia

    ・パンやお酒を生んだ酵母の歴史を知りたいなら → The Rise of Yeast


    美しい英文をじっくり味わう読書をしたい人はこちら。
    → 料理のレシピを読むように、この洋書の美しい英文を「味わい尽くす」読書録

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    → 洋書1冊目で挫折しない!英語中級者のための「最適な1冊」の選び方と読み切るコツ

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    著者プロフィール

    国内外で10年超のキャリアを持つITエンジニア有志による読書ユニット。全員が多読を通じTOEIC 950超や駐在を経験。

    「IT×教養」を軸に、技術書からノンフィクションまで、各メンバーが専門視点で厳選した洋書をレビューします。エンジニアが英語を武器にするための知見を共同発信中。

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    Davide

     
     
    国内外で10年超のキャリアを持つITエンジニア有志による読書ユニット。全員が多読を通じTOEIC 950超や駐在を経験。「IT×教養」を軸に、技術書からノンフィクションまで、各メンバーが専門視点で厳選した洋書をレビューします。エンジニアが英語を武器にするための知見を共同発信中。

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