
🚑第1話「救急車が来るまで、何ができる?」―窒息CPAの現場で考えた「数分間」の意味―
お疲れ様です🍵
あおぞらです🌤️
今回は、私が現役の救命士だった頃の、ある現場についてお話ししたいと思います。
でも、現場を離れた今でも、時々思い出します。
それは、
「救急車が来るまでの数分間」
について考えさせられた事案でした。
🚒 先に到着したのは、消防隊
ある時、窒息によるCPA事案に、PA連携で出場しました。
現場に先着したのはポンプ隊。
救急車は、まだ到着していません。
消防隊は、できる限りの救命活動を開始します。
胸骨圧迫。
AED。
バッグバルブマスクによる換気。
救急隊が到着するまで、
その場にいる隊員で、できることを行う。
PA連携では、ごく当たり前の光景です。
消防隊が先に到着することで、一刻も早く蘇生活動を開始できる。
それだけでも、非常に大きな意味があります。
ただ、この事案には、一つ大きな問題がありました。
🔎 「窒息」だったのです
CPAだから、胸骨圧迫。
心停止だから、AED。
呼吸がないから、換気。
もちろん、どれも大切です。
でも、
なぜ、この傷病者は心停止したのでしょうか?
その原因が「窒息」だったとしたら、
もう一つ考えなければならないことがあります。
それは、
「空気の通り道をどうするのか?」
ということです。
気道が塞がっている。
その状態で、いくら換気をしても、空気は肺まで届きません。
だからこそ、
心臓を動かすための蘇生と同時に、
心停止を引き起こした原因にも目を向ける。
私は、窒息CPAでは、この視点がとても大切だと思っています。
⏱️ では、救急車が来るまでの数分間は?
救急隊が到着すれば、
傷病者の状態を評価し、
必要な処置を行い、
喉頭展開によって異物を確認し、
必要に応じて異物除去を行う。
救急隊には、そのための教育や技能があります。
では、
救急隊が到着するまでの時間はどうでしょうか?
1分。
2分。
3分。
たった数分かもしれません。
でも、CPAの傷病者にとっては、
その数分間も決して小さな時間ではありません。
🤔 「もっと何かできないだろうか?」
そんなことを考えていた時期に、
私は、あるベテラン救命士の考えを耳にしました。
その方は、救急救命士としての現役を終え、その後は消防隊として活動していました。
救急の現場を知っている。
救急の教育も受けている。
そして、消防隊として先着することもある。
そんな経験を持つ方でした。
その方から出されたのが、
「消防車にも、喉頭鏡を積んではどうか?」
という提案でした。
🚒 これは「消防隊員なら誰でも」という話ではありません
ここは誤解してほしくないところです。
「消防隊員なら、誰でも喉頭鏡を使えばいい」
という話ではありません。
そうではなく、
救急の教育や経験を持ち、必要な技能を身につけている隊員が先に到着した場合、その能力を救命のために活かせないだろうか。
そんな発想でした。
救急車を待っている数分間。
その時間を、
「ただ待つ時間」ではなく、救命につなげる時間にできないだろうか?
ということです。
🌱 私は、この考え方に少し引っかかりました
もちろん、
「それなら、すぐにやればいい」
とは思いません。
消防は組織です。
誰ができるのか。
どんな教育が必要なのか。
技能をどう維持するのか。
どんな条件なら実施できるのか。
資器材はどうするのか。
安全性はどう担保するのか。
いざという時、誰が判断するのか。
考えなければならないことは、たくさんあります。
だから、
「できる人がいるから、やればいい」
という単純な問題ではないことも分かります。
それでも、
私は一つの疑問を持ちました。
💭 「できる人がいるのに、活かせないのはなぜだろう?」
救急救命士として現場に立っていた人。
救急の教育を受けてきた人。
実際に救急現場を経験してきた人。
そんな人が、今は消防隊として活動している。
そして、
救急隊より先に現場へ到着することがある。
だったら、
その知識や技術を、もう一度救命のために活かす方法はないのだろうか?
そんな疑問が、私の中に残りました。
⚖️ 「できる・できない」だけでは、答えが出ない
ここで大切なのは、
「喉頭鏡を使えるか、使えないか」
だけではないのかもしれません。
むしろ、
「どうすれば、安全に活用できるのか?」
ということなのではないでしょうか。
技術を持っている人がいる。
でも、組織として使う仕組みがない。
それなら、
「使えない」
で終わらせるのではなく、
「使える仕組みを作るには、何が必要なのか?」
と考えてみる。
私は、そんな視点もあっていいのではないかと思うようになりました。
🚑 救急車が来るまでの「数分間」
救急隊が到着するまで、
消防隊は何もしていないわけではありません。
胸骨圧迫をしている。
AEDを使用している。
換気をしている。
それだけでも、命をつなぐための大切な活動です。
でも、
窒息CPAなら、それだけで十分なのだろうか?
この問いは、今でも私の中に残っています。
救急車の到着時間を、現場の消防隊が自由に短くすることはできません。
だったら、
救急車が来るまでにできることを、少しでも増やせないだろうか。
そう考えることには、意味があるのではないでしょうか。
🌤️ 現場を離れた今だからこそ
私は今、救急救命士として現場に立っているわけではありません。
だからこそ、
当時は見えていなかったことを、
少し離れたところから考えられるようになった気がします。
あのベテラン救命士の提案が正しかったのか。
組織の判断が正しかったのか。
今でも、私には分かりません。
ただ、
「救急車が来るまでの数分間を、もっと救命につなげることはできないのだろうか?」
この問いだけは、
今でも考えてみる価値があると思っています。
🚒 そして、もう一つの問いへ
実は、そのベテラン救命士の提案は、
単純に
「消防車に喉頭鏡を積んでほしい」
というだけの話ではありませんでした。
その背景には、
「救急の知識や技術を持った人材を、どう活かすのか?」
という、もっと大きな問題があったのだと思います。
そして、この話をきっかけに、
私は改めて、
「救急標準課程を修了した消防隊員」
そして、
「救急隊員」
というものについて調べてみることになりました。
すると、
少し意外なことが分かってきました。
🚑 次回へ
次回は、
🚒「消防車にも喉頭鏡を積んではどうか?」
―あるベテラン救命士が出した提案と、組織が出した答え―
について、もう少し掘り下げてみたいと思います。
「そんなこと、消防隊にできるの?」
そう思われる方もいるかもしれません。
私も、改めて調べるまでは、いろいろと考えさせられました。
「資格があるからできる」
でもなく、
「消防隊だからできない」
でもない。
その間には、
意外といろいろなことがあるようです。
🌱 あなたの現場では、どうでしょうか?
もし皆さんの現場でも、
「救急車が来るまで、もう少し何かできないだろうか?」
と感じたことがあるなら、
この話は、きっと他人事ではないのではないでしょうか。
消防隊、救急隊、救命士。
それぞれの立場によって、見える景色も違うと思います。
だからこそ、
「自分の現場だったらどうだろう?」
と、少しだけ考えていただけたら嬉しいです。
そして、
「自分も同じようなことを考えたことがある」
という方がいらっしゃったら、
ぜひ皆さんの経験や考えも聞かせてください。
皆さんは、「救急車が来るまでの数分間」を、どう思われますか?
ここまでお読みいただき、
本当にありがとうございました😊
少しでも、皆さんの現場で何かを考えるきっかけになっていたら嬉しいです。
それでは、第1話はここまでです。
お疲れ様でした🍵