
月9ドラマ 爬虫類の全て 最終話
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第1話:「突然の色変わり」
第2話:「尻尾が絡まる夜 ~新たなる誘惑~」
第3話:「熱帯の毒牙 ~自社製ロケット、宇宙へ~」
第4話:「宇宙で絡まる尻尾 ~無重力のキスは誰のもの~」
第5話:「月面上場 ~君はもう、株主なんだ~」
第6話「火星から来た弟 ~市場終了、捕食開始~」

月面証券取引所は、完全に静まり返っていた。
太郎が叩き壊した上場ベルの破片が、まだ空中をゆっくり漂っている。
さっきまで赤と緑で踊っていた市場モニターは、すべて沈黙していた。
ホールに残る光は二つだけ。
火星の赤。
そして、美咲の白金色。
誰も喋らない。
誰も動かない。
巨大スクリーンに映る火星だけが、不気味に脈打っていた。
次の瞬間だった。

スクリーンの中央に、巨大な縦長カプセルが浮かび上がる。
ただの映像ではなかった。
輪郭が立体的に膨らみ、赤い蒸気が画面の外へ漏れ出す。
まるで向こう側にあるものが、こっちへ出てこようとしているみたいに。
床が震えた。
ホール全体に低い振動が走る。
壁面の黒いパネルが一枚ずつ裏返り、そこから現れたのは株価ボードではなく、脈動する培養槽だった。
天井からは赤い照明ではなく、あたたかく湿った孵化用の光が降り始める。

「なにこれ……取引所の空気じゃない……」
美咲が口元を押さえる。
「火星側の環境制御だわ」
麗香が細い目をさらに細めた。
「空間ごと、こっちを孵化室に変え始めてる」
「孵化室ぅ!?!?」
ワニ次郎が声を裏返らせる。
「俺、IPO会場に来たんだぞ!? 養鶏場じゃないんだぞ!?」
「爬虫類だから養鶏場ではないだろ」と太郎。
「そういう問題じゃない!」と次郎。
その時、最前列にいた投資家の一人が悲鳴を上げた。
足元の床がぬるりと割れ、そこから赤い蔓のような生体ケーブルが伸びる。
それは男の酸素ボンベに巻きつき、一瞬でエネルギーを吸い取った。
別の投資家は、天井から降りてきた半透明の膜に包まれ、そのまま壁際へ吊り上げられる。
「うわああああ!」
「助けて! 私は長期保有派です!」
「だから何だ!」と太郎。
さっきまで市場を語っていた投資家たちは、今や市場そのものに食われ始めていた。
いや、違う。
これは市場ではない。
捕食場だった。
赤い培養光を浴びた投資家たちのスーツに、奇妙な模様が浮かび上がる。
体温、鼓動、呼吸、筋肉反応。
全部がスキャンされている。
カメ博士の顔から血の気が引いた。
「まずい……まずいぞ……!」
「何がですか博士!」と美咲。
「投資家たちが“顧客”ではなく“栄養源”として認識されとる!」
「そんなIRあるか!!」
その瞬間、ホール中央の円形ステージが割れた。
下からせり上がってきたのは、巨大な透明培養カプセル。
中で赤い液体が渦を巻いている。
その中心に、何かが立っていた。

人型。
若い雄。
だがその輪郭は、生まれたばかりなのに妙に完成されていた。
液体の中で、それはゆっくり目を開く。
太郎によく似た顔立ち。
だが太郎より整いすぎている。
太郎より冷たい。
太郎より“製品感”が強い。
大三郎が静かに言う。
「ついに起動したか」
「起動!?」
太郎が振り向く。
「親のセリフじゃないだろ!」
大三郎は一歩前へ出る。
黄金のロングコートが赤い蒸気の中で揺れた。
「イグアナ次郎。
父親の会社が火星支店で開発した、次世代バイオ統治生物。
新世界の王として設計された個体だ」
静寂。
次の瞬間、全員が一斉に叫んだ。
「説明が急すぎる!!」
カプセルに亀裂が走る。
ピシ。
ピシ、ピシ、ピシッ――
破裂。

赤い液体がステージに流れ落ち、その中から弟がゆっくり歩き出した。
肌は赤銅色。
瞳は金色。
背中からは王冠みたいな棘が放射状に伸び、尾は異様に長い。
濡れているのに、着ている漆黒のスーツは完璧な形を保っていた。
弟は初めて月面の空気を吸う。
そして一言だけ言った。
「……月、うすいな」
「第一声それ!?」
「もっとあるだろ!」
「兄さんとか父さんとか!」
「あと投資家が食われてるとか!」
会場が一気にうるさくなる。
弟は気にも留めない。
彼の足元から、赤い生体回路がステージ全体へ広がっていく。
その広がりと同時に、壁の培養槽が次々に開き、中から小型の捕食生物が這い出してきた。

それは爬虫類に似ていた。
だが口だけが異様に大きい。
しかも全員、ネクタイをしていた。
「なんでネクタイしてるんだよ!」と太郎。
「父さんの会社の文化が浸透しとるんじゃろ」と博士。
「最悪の企業文化だな!」
小型捕食生物たちは一斉に投資家へ飛びかかる。
「やめろ! 私は役員報酬を下げてもいい!」
「いまさら遅い!」と麗香。
「私は自社株買いもします!」
「餌が条件交渉するな!」と太郎。
会場は大パニックになった。
投資家たちは逃げ回る。
次郎は椅子を振り回して小型捕食生物を追い払う。
カメ博士はなぜか非常用レーザーポインターで数匹を誘導している。
麗香は長い体で美咲を守りながら、尻尾で二匹まとめて吹き飛ばす。
太郎は壊れたベルの残骸を拾い、即席の鈍器として使っていた。
その真ん中で、弟だけが静かだった。
彼は暴れるでもなく、叫ぶでもなく、ただ周囲を見ている。
まるで生態系の完成度を確認している研究者みたいに。
「父さん……これは何だ」
太郎が叫ぶ。
大三郎はゆっくり両腕を広げた。
「世界の更新だ」
「言い方がOSアップデートなんだよ!」
「古い世界は、金と契約で支配されてきた。
だが新しい世界は違う。
より強く、より適応した生命が、上から再配置する」
「再配置って言うな、捕食だろ!」
「言葉を綺麗にするな!」
「しかもお前、自分の息子を新世界の王にしてるだけじゃねえか!」と次郎。
大三郎は笑った。
「そうだ」
「認めるな!!」
弟は初めて太郎を見る。
「兄さん」
声は静かだった。
静かすぎて逆に怖い。
「あなたは旧世界に最適化された生物だ。
感情がある。迷いがある。
守ろうとする。ためらう。
でも僕は違う」
彼の背後で、赤いドームがさらに膨らむ。
火星の孵化環境が、月面取引所を完全に包み込もうとしていた。
「僕は新世界の王として生まれた。
食う側と食われる側を、もう一度きれいに分け直す」
その瞬間、小型捕食生物の一匹が投資家のカバンを食べた。
「それ革のバッグだぞ!」
「雑食かよ!」
「しかもブランド物ー!」
パニックの中に変な悲鳴が混じる。
美咲が一歩前に出た。
白金色の光が彼女の体から広がる。
「そんな世界、認めない」
弟の目が、初めてわずかに揺れた。
「あなたは……」
「生き物は、環境に適応する。
でもそれは、誰かが一方的に“餌”にされていいって意味じゃない」
白金色の波紋が床を走る。
赤い生体回路とぶつかり、爆ぜる。
熱と光がホール全体を揺らす。
太郎が叫ぶ。
「今だ! とにかく生き残る!
投資家も食われるな! 今日は全員、被捕食者同盟だ!」
「最悪の同盟名!」と次郎。
「でも今それしかない!」と太郎。
ここから総力戦が始まる。

太郎は前線で弟と小型捕食生物を抑える
美咲は白金色で火星環境の侵食を遅らせる
麗香は機動力担当で人々を救出
カメ博士は月面取引所の旧システムを再起動し、爆破シーケンスを探す
次郎はなぜか広報マイクを持ち、避難誘導を始める
「落ち着いてください! 食われる順番に整列しないでください!」投資家たちは泣きながら非常口へ殺到
「こんな市場聞いてない!」
「市場じゃなくて狩場だ!」
戦いの中で、博士が叫ぶ。
「太郎! この施設ごと吹き飛ばすしかない!
もう月面取引所は火星の孵化器官になりつつある!」
「やっぱりそうなるよな!」
「しかもこのまま放置すると、火星側本星まで連動するぞ!」
太郎が止まる。
「……待て」
博士は震える声で続ける。
「月と火星は今、生体回路で直結されとる。
月を爆破すれば、火星側の中枢も連鎖爆発する可能性がある」
「可能性って何%だ!」
「体感で八割!」
「体感かよ!」
大三郎は笑う。
「できるものか。
この新世界は止まらん」
弟もまた微笑む。
「兄さん。
あなたに星は壊せない」
太郎は壊れたベルの柄を握り直す。
美咲の白金色。
麗香の鋭い目。
次郎の汗だくの顔。
博士の震える手。
逃げ惑う投資家たち。
赤い火星。
崩れていく月。
全部が一枚の絵になる。
そして太郎は言う。
「……いや、壊す」
「え?」と全員。
「会社も市場も家族も、だいたい壊れてきただろ。
今さら星が一個増えたところで誤差だ」
「誤差じゃない!!」
全員が一斉につっこむ。
それでも太郎は真顔だった。
「全員でやるぞ。
月を爆破して、火星も巻き込んで、このふざけた新世界ごと終わらせる」

沈黙。
そのあと、なぜか次郎が最初にうなずいた。
「……いいだろう。
上場できない市場に未練はない」
「未練の基準そこかよ」
麗香は肩をすくめる。
「星を爆発させるなんて、恋愛ものとしてはだいぶ雑だけど嫌いじゃないわ」
「ジャンルの心配してる場合か」と太郎。
美咲は静かに笑う。
「じゃあ、生きて帰りましょう。
そのあとで、ちゃんと怒りますから」
「そこは怒るんだな」
カメ博士は端末を叩き始める。
「よし! 最終爆破シーケンス、起動するぞ!
正式名称は“月面市場・緊急清算モード”じゃ!」
「名前だけは金融っぽいな!」
ナレーション(コブラの渋い声)
「投資家は、ついに食う側から食われる側へ落ちた。
新世界の王は、火星から生まれた。
だが旧世界も、最後に牙をむく。
次回、最終話――
『さよなら月と火星 ~上場廃止は宇宙ごと~』
恋も経営も、最後は爆発である」
最終話「さよなら月と火星 ~上場廃止は宇宙ごと~」
月面証券取引所は、もう完全に市場ではなかった。

半分は月。
半分は火星。
床には赤い生体回路、天井には白金色の亀裂。
投資家たちは悲鳴を上げながら逃げ回り、小型捕食生物たちはなぜかネクタイを揺らして追いかけてくる。
「落ち着いてください! 非常口はこちらです! 食われながらでも列を乱さないでください!」
ワニ次郎が広報マイクで叫ぶ。
誰も落ち着かない。

太郎は壊れたベルの柄を肩に担ぎ、中央ステージを見上げた。
その上に、新世界の王――火星次郎。
その奥に、黄金のコートを揺らす父・大三郎。

「月を爆破する!」
太郎が叫ぶ。
「言い切った!」
「やっぱりやるのね!」
「最終回にしては判断が速すぎる!」
会場が一斉につっこむ。
カメ博士が端末を叩く。
「この施設の中枢炉を逆回転させれば、月面市場と火星孵化回路の連結が過負荷を起こす!
うまくいけば両方まとめて吹き飛ぶ!」
「うまくいけばって何だ!」と太郎。
「失敗したら?」と美咲。
「もっと吹き飛ぶ!」
「情報が雑!」
麗香が尾で捕食生物を二匹まとめて弾き飛ばす。
「つまり、やるしかないのね」
「最初からそう言ってる!」と太郎。
火星次郎が静かに前へ出る。
赤い王冠みたいな棘が光る。
「兄さん。
まだ旧世界に希望があると思っているんですね」
「希望っていうか、これ以上お前の会社説明会を見たくないだけだ」
「ひどい理由だな」
「お前も第一声が『月、うすいな』だったろ!」
その瞬間、火星次郎の背後で赤いドームがさらに膨張する。
月面ホールの壁が溶け、火星本星へ続く巨大な生体トンネルが開き始めた。
大三郎が両手を広げる。
「見ろ。
世界は再創生の寸前だ。
古い秩序は消え、新しい生命が――」
その途中で、逃げ遅れた投資家が大三郎にしがみつく。
「社長ぉぉぉ! 私だけは助けてください! ストックオプション放棄しますからぁぁ!」
「離せ」
「条件がリアルすぎる!」と太郎。
美咲が前に出た。
白金色の光が、火星の赤と真正面からぶつかる。
「再創生とか言ってるけど、ただの大迷惑です!」
「正論だ!」と次郎。
「今だけ君と意見が合う!」と太郎。
白金色が広がる。
赤い生体回路が焼ける。
小型捕食生物たちが一斉に「キシャーッ」と変な悲鳴を上げる。
しかも一匹だけ、逃げながら資料を食べていた。
「まだ食うのか!」
「紙も好きなのね……」と麗香。
太郎は博士へ叫ぶ。
「爆破準備!」
「完了まで三十秒!」
「急にちゃんと短いな!」
「最終回だからな!」
火星次郎が初めて本気の顔になる。
弟は一歩踏み込み、太郎に迫る。
兄と弟。
月育ちと火星製。
旧世界と新世界。
そして二人は――
殴り合った。

「結局これか!」
「分かりやすくて良い!」
「最初からそうしろ!」
周囲がうるさい。
太郎のスーツは裂け、火星次郎の肩から赤い蒸気が噴き出す。
火星次郎は強い。
完成品だけあって無駄がない。
だが太郎はしぶとい。
感情も迷いもあるぶん、妙にしつこい。
「兄さん、非効率です」
「うるさい! こっちは試作品だからな!」
その一言で、なぜか投資家たちが少し感動した。
「試作品でも頑張ってる!」
「応援したくなるタイプの株だ!」
「まだ投資家目線なのか!」と次郎。
一方、美咲と麗香は共同で火星ドームを押し返していた。
白金色の波と、麗香のしなやかな尾が赤い回路を切り裂く。

カメ博士は床の端末にしがみつきながら、最後のスイッチを探している。
「どれじゃ……どれが“月ごと爆破”のボタンなんじゃ……!」
「そんな危険なUIやめろ!」と太郎。
そして見つけた。
真っ赤な大ボタン。
横に小さく書いてある。
FINAL CLEARANCE

「なんで英語なんだ!」
「かっこいいからじゃろ!」
博士が押す。
その瞬間、月面証券取引所の全照明が白く反転した。
ゴゴゴゴゴゴゴ……。
施設全体が震える。
火星へ伸びた生体トンネルが逆流し始める。
赤い回路が焼け、天井が崩れ、外では月面そのものに巨大な亀裂が走る。
大三郎が初めて顔色を変えた。
「やめろ! これは世界の――」
その台詞の途中で、投資家の一人が大三郎にマイクを突きつける。
「社長! 爆発について一言お願いします!」
「今そのタイミングではない!」
「広報魂が強すぎる!」と次郎。
火星次郎は揺れる足場の中で太郎を見た。
ほんの一瞬だけ、弟の表情に迷いが走る。
「兄さん……本当に壊すんですね」
「最初からそう言ってるだろ!」
太郎は火星次郎の腕を掴んだ。
「来い! お前も逃げるぞ!」
「え?」
「新世界の王だろうが試作品だろうが、爆発に巻き込まれたらだいたい終わりだ!」
「理屈が雑!」
だがその雑さが、少しだけ火星次郎を止めた。
その隙に、美咲の白金色が二人を包む。
麗香が尾で次郎を引っかける。
博士が非常脱出ポッドを開く。
投資家たちは我先に殺到する。
「押すな!」
「食われるよりマシだ!」
「順番守れ!」
「今さら!?」
大三郎だけが崩れるステージの中央に残った。
黄金のコートが炎と赤光の中で揺れる。
「愚かな……
私はただ、より強い世界を――」
そこへ、さっきまで投資家を食っていた小型捕食生物の一匹が、ぴょんと大三郎の肩に乗った。
しかもネクタイをかじった。
「……何をしている」
さらにもう一匹。
さらにもう一匹。
「おい、やめろ。私は創造主だぞ」
聞かない。
完全に懐かれていた。
「最後そこ!?」と太郎。
「捕食じゃなくて懐かれるの!?」と美咲。
ポッドのハッチが閉まる。
太郎、美咲、麗香、次郎、博士、火星次郎、そして何人かのボロボロの投資家がぎゅうぎゅうで押し込まれる。
「狭い!」
「誰だ肘入れてるの!」
「私です!」
「正直に言うな!」
ポッド発射。
月面から離れる。
背後で、割れた月面証券取引所が白く膨らむ。
そこから火星へ伸びた生体トンネルも連鎖して光り出す。
赤い火星表面にも巨大な亀裂が走る。
数秒後。

ドォォォォォン!!
月が爆ぜた。
少し遅れて、火星側も連鎖爆発。
赤と白の巨大な閃光が宇宙に花火みたいに広がる。
ポッドの中、全員が無言でそれを見た。

そしてワニ次郎がぽつりと言う。
「……上場廃止どころじゃなかったな」
「星ごと消えたからな」と太郎。
火星次郎は静かに窓の外を見る。
「新世界、終わりましたね」
「始まる前にな」と太郎。
美咲は小さく笑う。
「でも、みんな生きてます」
麗香は肩をすくめる。
「十分すぎるハッピーエンドじゃない?」
博士はすすり泣きながら言う。
「月面市場、好きじゃったのに……」
「思い出すところそこなんだ」と太郎。
その時、ポッドの隅でカタカタと音がした。
全員が見る。

そこには、小型捕食生物が一匹だけ紛れ込んでいた。
しかも、ちゃんと小さいネクタイをしている。
沈黙。
「……乗ってたのかよ」
捕食生物は、ちいさく口を開き――
「カイシャ……ツクル?」
全員が固まった。
ナレーション(コブラの渋い声)
「月は砕け、火星も散った。
家族も市場も、だいたい終わった。
だが生命は、しぶとく次へ行く。
冷血の恋と経営の物語――これにて終幕。
たぶん」
そして、一つ分かったことがある。
これは月9ドラマではない。
金曜ロードショーだったということだ。