
最後は好きな銘柄を選ぶ。【株で迷った時の5大ルール #5】
株式投資で迷った時の、5大ルール。
1.迷った時点で、無理にトレードしない。
2.損が出ていれば売り、利が出ていれば売らない。
3.上がっていれば買い、下がっていれば買わない。
4.『不変の要素』が強い銘柄を選ぶ。
5.最後は好きな銘柄を選ぶ。
#5を解説します。
悩みの煉獄を救う最終兵器は『好き♥️』
2つの銘柄とも株価が上がっている。
2つとも『不変の要素』もピカピカに光っている。
だから、どっちを買うべきか、決められない。
ルール1~4を使っても、甲乙つけがたい時は来ます。
ここで、最終兵器を使います。
最後は、直観的に『好きな銘柄』を選びます。
歴史的名著『マネーの公理』の著者、マックス・ギュンターは言います。
不確実な相場で、最後に頼れるのは『直観』と『迷信』だと。
ギュンターは、決してふざけているわけではありません。
究極的には、どっちか、わからない。
それが、株というゲームの最終局面です。
株式投資が、合理の及ばない世界と知っているからこそ、『合理の先で生き抜く手法』として、直観と迷信を紹介しているのです。
脳の奥底が囁く『直観』
次の一節に『直観とは何か?』が詰め込まれています。
私は、何度も何度も、読み返しました。

『外部のエネルギー』を感受して、ひらめきを得るのが『直感』(inspiration)。
対して。
己の知恵と経験という『内部のエネルギー』から、言語化できない洞察に至るのが『直観』。
私はこう定義しています。
なぜ直観で好きな銘柄を選ぶと良いのか?
それは、言語化できないレベルの判断にこそ、真の価値が宿っているからです。
投資において、綺麗に言語化できる要素、誰にでもわかる理由は、すでにエッジを失い、株価に織り込まれています。
うまく説明できないけれど、心の中が「こっちが良い」と騒ぎ立てる。
これが、リターンの源泉です。
己の頭脳には、『巨大な経験と知恵の宮殿』がそびえ立っています。
膨大な蔵書のどこに、その答えがあるかはわかりません。
しかし、「ある」ことだけは知っています。
これが、『直観』の正体です。
家の中で探し物をする時と、同じ感覚です。
「どこに置いたかは忘れた。でも、たしかに家の中にある。あの時に買ったから。」
このセリフを言っているときの確信が、直観です。
日常生活の中にも直観はあります。決して、オカルトではありません。
頭脳の情報はただ記憶されず、流れからイメージが作られ、一つの世界として認識される。情報が欠けている場合は、それまでに得た記憶を元にイメージを補完する。新しい情報が得られた場合は、関連するイメージ全てを再構築する。とてつもなく高度な処理だが、これを日常的に繰り返しているのが頭脳。
この、とてつもなく高度な処理の果てに作られるのが、直観です。
知を絞り尽くした先の『迷信』
「直観とか言われても、直観ではどっちも◎だよ😵もう迷って迷って、辛いよぉー😠」
そうなんです。
直観でも差がつかない時はあります。
お疲れ様でした。
それは、もう十分に、悩み尽くした証拠です。
株式投資の世界に、秩序だって結論が出せる状況など、ありません。
「自分は頭がいいから正しい結論が出せる」なんてのは、思い上がりです。
凄腕の投資家も、世界トップの投資銀行も、違った結論に至る。
そんな異常事態が毎日おきているのが、株の世界なのです。
知恵の宮殿をフル稼働させました。
わずかなエッジも探り当てようとしました。
直観にも頼ってみました。
それでもわからない。
考えても考えてもわからない最終局面に、ついにたどり着いたのです。
この果てしなくつらい境地こそが、株式投資のゴールです。
そうです。この境地で、賭けに出たくて、株をやっているのです。
ここで最後に引くトリガーが、『迷信』です。

限界まで考え抜いた証として、お気に入りの迷信を使います。
社名がカタカナでかっこいいから。
コインで表が出たから。
そんな『お気に入りの迷信』で決めて、大丈夫です。
「やるだけはやった」という誇り高きマーク。
それが迷信です。
会社の社長が、神社で熱心に願掛けをします。
それを浅はかだと笑う人は、どうにもならない未来と対峙した経験がないんです。
分からない未来があることを受け入れた人は、迷信を愛せます。
迷いに迷った最終局面までたどり着けたなら、直観と迷信で選んでいい。
これを私の言葉に直すと、『好きな会社を選べばいい』となります。
これは、決して、安易な考えではありません。
私はかつて直観や迷信を、見下していました。
今では、直観や迷信が、「全力を尽くした先にある、言語化できない、己の集大成」であると、確信しています。
後悔を飛び越えて、対処に専念できる
「えー、そんな適当でいいのぉ❓ もし損しちゃったら、すっごく後悔しちゃいそう😔」
いいえ。むしろ逆です。
合理で選ぶから、後悔するのです。
「自分は正しいものを選べるのだ」という傲慢が、『失敗』したと後悔するのです。
あなたは、突然雨が降ってきて『失敗した!』と後悔しますか?
『怒り』ではなく、ただひたすら『対処』に集中できますよね。
なぜ、株ではそれができないのか?
それは、『合理的に自分が選んだのだ』という傲慢があるからです。
「正解かは分からない。だから、最後は直観で決めたんだ」
そう言い切ってしまえば、後悔も怒りもありません。
神の采配にひれ伏しながら、対処だけに集中できます。
ただただ、対処するしかないんです。その自分の境遇に。
「これを選ぶ運命だったんだ」
この一言で、後悔の時間を終わらせて、
『今、やるべき対処』に全力投入できるのです。
私は、この歳になってようやく、最後の最後に、星占いやラッキーナンバーで人生を決める人の気持ちが、わかってきました。

結婚も、家を買うのも同じです。
「年収が高いから、この人と結婚した」
そんな合理は、前提が崩れた時に脆くも砕け散ります。
『言葉にできないけど、なんか好き』で選んだ方が、案外長く続くものです。
投資は、不確実な未来への賭けです。
少し汗をかけば正解が見つかる。
そんな幻想を、捨て去ってください。
悩み抜く、用意してきた自分の経験則も尽きる。
直観に耳を澄ませる。
それでも迷う。
最後には、迷信にすがる。
ただただ、結果への対処に専念する。
この流れを作りだすのが、『最後は好きな銘柄を選ぶ』というルールなんです。
これは、決して、安易な考えではありません。
株式投資の深淵を知る者だけが使う、最強のルールです。