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ナチュラルワイン好きが日本酒を選ぶなら ― 生酛と「酵母無添加」は別の話

    2026年5月、東京でナチュラルワインの試飲会、RAW WINEが開かれました。主催者の発表によると、国内の20を超えるワイナリーに加え、日本酒・焼酎の生産者も参加しています。

    ワインの会場に、なぜ日本酒が並ぶのか。私は、発酵のどこを微生物に任せ、どこに人が手を入れるかという関心が、両者をつないでいると考えています。

    この会場の組み合わせを入口に、造り方を気にしてワインを選ぶ人が、日本酒を見るときの手がかりを考えます。

    「微生物に任せる」の中身を読む

    培養酵母を加えるか。添加物をどれだけ使うか。ナチュラルワインを選ぶときには、そうした造り手の方針が気になります。

    RAW WINEの解説も、自然に発酵させ、亜硫酸の添加を抑えたワインを紹介しています。ただし、ナチュラルという言葉だけで、すべての銘柄の製法が同じになるわけではありません。少量の亜硫酸を使う造り手もいます。

    日本酒で同じ関心をたどると、生酛(きもと)に行き当たります。ここで大切なのは、生酛と酵母無添加を、ひとまとめにしないことです。

    生酛は、菌に門番を任せる

    日本酒では、もろみを仕込む前に、酵母を増やした酒母(しゅぼ)を造るのが一般的です。蒸し米と麹と水を使う、いわば発酵のスターターです。

    酒母づくりの要は、望ましくない微生物が増えにくい酸性の環境です。生酛では、乳酸菌が作る乳酸を利用して、この環境を整えます。

    酒類総合研究所が紹介する典型的な流れでは、まず硝酸還元菌が、仕込み水の硝酸塩から亜硝酸を作ります。そこへ乳酸菌が作る乳酸が加わり、酒造りに適さない野生酵母などが抑えられます。

    その後、清酒酵母が増える条件が整い、発酵が進むとアルコールも増えます。残った乳酸菌も減り、清酒酵母が中心になる。菌が順番に入れ替わり、門番の役を引き継いでいくような仕組みです。

    ただし、この入れ替わりは全蔵で同じではありません。同研究所の髙橋正之氏の講演資料では、乳酸球菌から乳酸桿菌へ移る従来のモデルに加え、期間を通じてどちらか一方が主体になる例も報告されています。

    蔵ごとに微生物の顔ぶれも動き方も違う。そこには、ワインの発酵を知るときと通じる面白さがあります。一方で、菌に任せるには環境の管理が必要です。何もせずに放っておく、という意味ではありません。

    山廃と速醸は、何を変えたのか

    生酛には、米と麹を櫂ですりつぶす「山卸(やまおろし)」があります。この作業を省いたのが山廃です。山卸廃止酛の略で、乳酸菌の働きを利用する点は生酛と共通しています。

    速醸酛は、醸造用の乳酸を加える方法です。乳酸菌が酸を作るまで待たないので、酒母づくりの時間を短くできます。山廃も速醸も、酒類総合研究所の前身、醸造試験所で開発された技術です。

    研究所の資料は、生酛では乳酸ができるまでに2週間ほどを要すると説明しています。ただし、手間や時間が多いほどよい酒になる、という順位表ではありません。微生物をどう管理し、どんな酒質を目指すか。その選択が製法に表れます。

    生酛でも、培養酵母は入る

    ここは誤解しやすいところです。生酛は「野生酵母だけの酒」とは限りません。

    酒類総合研究所の説明には、生酛でも、環境が整った段階で培養した清酒酵母を加える工程が出てきます。昔は蔵付き酵母が自然に増えたり、発酵中の酒母の一部を加えたりしたとも説明されています。

    培養酵母の代表が「きょうかい酵母」です。日本醸造協会は、1906年の発足時から純粋培養酵母の製造と分与を始めました。現在も、さまざまな特性の酵母を扱っています。

    また、「蔵付き酵母」という言葉も、酵母無添加と同じではありません。秋田県酒造協同組合は、蔵から分離した酵母を純粋培養する「秋田蔵付分離酵母」を紹介しています。酵母がどこで見つかったかと、仕込みで添加したかは、別の情報なのです。

    生酛が教えてくれるのは、主に酒母の酸性化の方法です。酵母の扱いまで知りたいなら、製品ごとの説明をもう一段読む必要があります。

    麹と火入れも、別々に確かめる

    ワインと日本酒の大きな違いは、糖の出どころです。ブドウ果汁には糖がありますが、米のでんぷんは、そのままでは清酒酵母が使えません。麹の酵素で糖へ分解する必要があります。

    日本酒のもろみでは、この糖化とアルコール発酵が同時に進みます。並行複発酵と呼ばれる仕組みです。米から糖を用意する麹の働きが、果汁から造るワインとの違いです。発酵に関わる微生物に目を移すと、両方の酒で乳酸菌の出番もあります。

    仕上げ方も見ておきたいところです。日本酒の火入れは、加熱によって火落菌などを殺菌し、酵素の働きを止めて品質を安定させる工程です。一般的には60〜70℃程度で行います。

    国税庁の表示基準では、製成後、一切加熱処理をしない清酒を「生酒」と表示できます。生酛の「生」と、生酒の「生」は指す工程が違います。生酛で造って火入れした酒も、生酛で造った生酒もあります。

    「純米」もまた別の軸です。醸造アルコールを使用しないことは分かりますが、酵母無添加や無ろ過、生酒までを意味するわけではありません。ひとつの言葉で全部を判断しないほうが、選択肢は広がります。

    乳酸菌は、同じ役をするわけではない

    ワインのマロラクティック発酵では、乳酸菌がリンゴ酸を乳酸へ変え、酸味を和らげます。生酛では、酒母に乳酸を作り、清酒酵母が育ちやすい環境を整えます。乳酸菌という共通点があっても、目的も働きも同じではありません。

    順番も「ワインは後、日本酒は前」と言い切れません。オレゴン州立大学の解説では、マロラクティック発酵はアルコール発酵後に行う方法が主流とされる一方、同時に進める方法も紹介されています。

    どのタイミングで微生物を働かせ、どんな酸や味を目指すのか。そこまで読むと、製法の説明が、酒質を考える手がかりにもなります。

    ラベルで見るなら、この4点

    日本酒を選ぶときは、別々の項目として確かめると整理できます。

    • 「生酛」「山廃」「速醸」など、酒母の造り方

    • 酵母の名前や由来に加えて、添加の有無

    • 醸造アルコールを使わない「純米」かどうか

    • 「生酒」か、火入れをした酒か

    例えば寺田本家の「五人娘 純米酒」は、公式商品ページで、生酛仕込み、酵母無添加の蔵付き酵母、麹菌は自家採取と説明されています。ここまで読めば、生酛という一語では分からなかった部分が見えてきます。

    新政酒造については、秋田県酒造協同組合が、純米造り・生酛造りを行い、木桶での仕込みを進める蔵として紹介しています。ただし、その情報だけで個々の商品の酵母添加の有無まで判断はできません。

    飲用の記録にも、酒母、酵母、火入れの項目を並べておくと比較しやすそうです。「自然そう」という印象を、造り手が実際に選んだ工程へ置き換えていく。ナチュラルワインから日本酒へ、私が持ち込みたいのは、その読み方です。

    出典

     
     
    サイバーセキュリティ専門のコンサルタントとして2024年に起業しました。 ナチュラルワイン、現代アートに徐々に軸足を移しつつあります。

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