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【遠距離恋愛、連載】(春の章)第53話「送信」

    前回の続き

    彼女を失い、愛を失い、それでも結婚した10年の軌跡、第53話

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    優と別れ、1人で駅へ向かった。
    いつもなら隣に聞こえる足音が、今日はない。
    たったそれだけのことなのに、街の喧騒が少し遠く感じられた。

    駅前の定食屋へ入り、空いていたカウンター席に腰を下ろす。
    料理を待つ間、ぼんやりとテレビを眺めていた。

    ニュースは流れていた。
    どの話題も、耳には入らない。
    やがて画面が天気予報へ切り替わる。

    『明日の天気です。』

    何気なく聞き流していた耳が、ある地名で止まった。

    『北海道、札幌は晴れでしょう。』

    画面には青空のマーク。
    東京より少し低い気温が映し出される。
    それだけだった。

    それだけなのに、胸の奥が静かに揺れた。
    ――今も、あの空の下で暮らしているのだろうか。

    北海道の冷たい空気の中で笑っていた景子の横顔が浮かぶ。
    その面影は、夜の街へ静かに溶けていった。

    食事を終え、店を出る。
    夜風が頬をかすめる。

    人であふれる駅前を歩いているのに、自分だけが違う時間を歩いているようだった。

    帰宅すると、部屋は静まり返っていた。優がいないだけで、いつもより少し広く感じる。

    明かりをつけ、ソファに腰を下ろす。
    時計の秒針だけが、静かな部屋に響いていた。

    ポケットから携帯を取り出す。
    開く画面は、もう決まっている。

    「マチコ」

    その名前を選ぶ。
    白い入力欄が、静かに待っていた。

    ゆっくりと文字を打ち始める。

    『はじめまして。
    突然のご連絡をお許しください。
    私は数年前、景子さんとお付き合いしていた亮平と申します。
    ご迷惑でなければ、一度だけお話を伺えませんか。』

    打ち終えた文章を、もう一度読み返す。
    返事は来ないかもしれない。
    迷惑だと思われるかもしれない。
    人違いかもしれない。

    それでも、このまま何もしなければ、何も変わらない。
    数年前に終わったはずの時間は、ずっと心のどこかで止まったままだった。

    亮平は小さく息を吸う。
    親指を、送信ボタンの上へ置く。

    ほんの一瞬だけ目を閉じた。
    そして、静かに押した。

    小さな電子音が鳴る。

    『送信しました。』

    その短い文字を、亮平はしばらく見つめていた。
    もう取り消すことはできない。
    携帯を閉じる。

    部屋は静かなままだった。
    けれど、その静けさは、さっきまでとは少しだけ違っていた。

    もう、送信する前の自分には戻れなかった。

    第54話に続く

    ※次回以降、毎週水曜日、土曜日の週2回、連載を投稿予定しています。

    引き続きご期待ください。

    【マガジンを作りました、過去の話はこちらから】

    「遠距離恋愛、10年の軌跡、春の章」 

    「四季を越えて愛、総集編」

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    川崎出身札幌在住 1児の父 約10年間の遠距離恋愛の末、縁もゆかりもない北海道に移住。 今は普通のサラリーマンです。 若かりし頃の経験を何かの形に残したいと思い書き始めました。 実体験をもとにした長編恋愛小説を連載中。 遠距離恋愛、別れ、結婚、そして10年越しの再会

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