
遺書 漫画家アシスタント物語 第2章 7
《 写真上:1976年~78年頃まで暮らした、杉並区堀之内南の安アパート 》
まだ、「第1章〈1〉」をお読みでない方は、先に「第1章〈1〉」をお読みいただく事をお薦めいたします。
まとめてお読みになりたい方は、去年編集した、改編前のマガジン「第1章、第2章」をどうぞ!
〚 前回のあらすじ 〛
バス添乗員のアルバイトは、気楽なバイトではない事を思い知った私は、あっさりと半年ほどで辞めて職探しを始めた‥‥
さて‥‥ 本文の前に‥‥
マガジン「漫画家アシスタント物語」を、各章多数、購読してくれた方を紹介させてください。 すぱいくさん ‥‥‥‥ ありがとうございました!
今回は、すぱいくさんの記事の中から‥‥固定記事になっている『【自己紹介】はじめてのnote』をリンクさせていただきました!
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7 かわぐち先生に弟子入りする
漫画家アシスタントになる方法は・・・・
メディアの求人広告などと、編集員や知人の紹介、そして、好きな漫画家のところへ直接出かける「 押しかけ弟子 」など、いくつかのパターンがあると思います。
私は、1976年( 20歳 )、同人誌仲間がやっていたアシスタントの引継ぎとして、初めての本格的な専属アシスタントになりました。
その人の名はかわぐちかいじ先生( 当時27歳、若い!)今なら誰一人として知らぬ人のない大御所ですが、50年前はその名を知る人はほとんどいませんでした。
それでも一部の漫画マニアから愛されていたかわぐち先生の所では、ある程度の技術を持っていないと仕事は出来ません。( 当時のヒット作は戦記物「黒い太陽」ヤングコミックにて1972年~74年連載 )

私の場合、ペンを使った斜線処理や陰影バランス、そして、スクリーントーン処理が出来るレベルでしたので・・・・
少しは自信があったのですが・・・・
面接の日・・・・
中央線の武蔵小金井駅から少し歩くとねずみ色の小さなモルタルアパートがあります。
1階のドアを開けると台所、その奥の4畳半で私は背景サンプルを見てもらいました。
かわぐち先生の背後から数人のアシスタントが覗き込みながら・・・・・・
(アシスタントたちは全員20代、私が最年少の20歳)
アシスタントOさん、髭の男性、落ち着いて
「 一応トーンは使えるんだぁ‥‥ これなら‥‥ 即戦力で使える! ウォップ! ウォップ! 」( Oさん独特の満足表現 )
アシスタントHさん、やせ型の色男、クールに
「 フンッ、処理が雑だな。まぁ、使ってるうちに慣れるかもしれませんけど‥‥ 」
ニヤニヤと薄笑いを浮かべながらアシスタントHさんが小バカにしたように私を見ている。
かわぐち先生はさすがに雇う立場にいるので、ニコリともしない。
このアシスタントHさんとは、1年後にトラブルを起こしてしまいます。短気を起こして私は、かわぐち先生の所を辞めることになります・・・・・。
初めて会ったその日からイヤミな先輩でした。
この後、毎日この人のイヤミに耐える事が大きな修行になるわけです。 今から考えると、この人がいなければ今でもかわぐち先生の所で仕事をしていたかもしれません。
かわぐち先生、私のサンプル( 田園風景の中のディーゼル機関車の絵、白波が立つ海岸の絵 )を見つめながら・・・・・・
先生 「 ・・・・・明日から 」
漫画家アシスタント物語、血の教訓
『 吐き気のする先輩はどんな世界にも一人や二人はいる。本人の前ではニコニコ我慢しましょう。( ハングリー精神で! ) きっと追い抜ける! 今は、こちらをバカだと思わせておけば楽勝です! 』
「 漫画家アシスタント物語 第2章 8 」へつづく・・・・
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