
言語スキルを超えて
(約1700字)
20代に東南アジアのインドネシアで過ごした日々は、私の人生に大きなインパクトを残した。
初めてインドネシアに旅をしたのは二週間ほどだった。その後も含めて計1ヶ月間くらいになる。その後間もなく、語学留学で1年半滞在した。
両者は、単に滞在期間や拠点が異なっていたのみならず、体験した中身の質あるいは次元のようなものが明らかに異なっていたように思う。
前者の留学以前は、海外旅行自体が初めてで、ごく短期間だった。あらかじめインドネシア語を学んではいたものの、実際の意思疎通には到底事足りず、カタコトの英語やジェスチャーを交える必要があった。
だが後者の留学以降になると、滞在が一時的な旅行ではなく日常生活になった。語学面は、学校のカリキュラムに加え、日々ネイティブの人達との関わりを通じて、英語やジェスチャーを交えることなくインドネシア語でほぼカバーできる程度になった。
こう見ると、前者に比べて後者(留学以降の時期)のほうが、現地の人々と流暢にコミュニケーションをとって、はるかに深く豊かな体験をしているような印象を受ける。ところが今更ながら振り返ると、事はそう単純でもない。
むしろ前者(留学以前の頃)のほうが、まともに言葉を聞き取れず喋ることもままならなかった分、それ以外のもので補おうとして、五感で受け取る刺激や情報に殊更敏感になっていたように思う。日本には無いインドネシア独特の匂いや音ーーココナツや丁子煙草、路上の排気ガスや物売り、屋台通りや路地裏の喧騒、音楽ーー。赤道直下の強い太陽光に照らされた鮮やかな植生や風景、人々の姿。肌に纏わりつく熱帯の空気。
これら視・聴・嗅・触・味覚の刺激や情報が混沌と入り交じり、一気に私の元へ押し寄せた。
そこへ持ってきて、畳み掛けるようにネイティブの間で交わされるインドネシア語に、ただただ圧倒されるばかりで意味が殆ど分からず、ひたすら「音あるいはリズムの類」として受け止めた。
場に立ち昇る空気、目の前の人がこちらに注ぐ眼差し。それらをまるごと浴びた私が呼応し、やりとりが始まり徐々に相手と関係が深まる。
言葉にならないメッセージ全てに、計り知れぬエネルギーが詰まっていたのだ。左脳で言語として理解するよりも遥かに原始的で直截的な。
30年以上経った今現在、インドネシアで過ごした時を振り返って強烈に思い出すのは、まともに言葉を操れなかった留学以前の頃なのである。










おそらくルジャック(rujak=果物のサラダ)屋さんだろう。


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「‘できない’からこそ獲得した恩恵」についての考察が、研ぎ澄まされた文章で綴られている。説得力があって惹き込まれる。
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初めて現地に訪れ、言葉を器用に操れなかったが故の体験。有料だが、冒頭の約700字は無料で読める。