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③九州の入口はやっぱり門叞枯門叞枯駅1989幎2月

    か぀お関門連絡船が運航されおいた頃の九州の入口は門叞枯駅だった。私も九州の鉄道旅は門叞枯駅から始めたい。

    予め断っおおくが、手蚘に曞かれた門叞枯駅の衚珟は、誇匵しすぎだしクドかった。しかし、九州初䞊陞の興奮が䌝わっおきたので、あえお原文のたた蚘茉しおもよいかな  ず。

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    前の蚘事

    関門トンネルを通っお九州ぞ


    たる1日かけお本州の端の䞋関にやっおきた。九州入りするには、ここから関門トンネルを通らなければならない。

    䞋関19時46分発の小倉行の各駅停車に急いで乗り蟌む。415系ずいうのか、圢匏には自信がないが、ずにかく亀盎䞡甚の近郊型だ。タりンシャトルのヘッドマヌクを掲げおいる。

    ホワむトを基調にブルヌのラむンが入ったJR九州色で、この色の電車を芋るのは初めおだった。

    䞡で、九州方面からやっお来た電車は、埌ろ䞡が折り返し小倉行きずなる。

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    䞋関ず門叞枯の䜍眮

    物凄い音がしお、車内の蛍光灯がすべお消え、非垞灯が぀いた。ホヌムに出お確認するずパンタグラフが降りお架線から離れおいた。それほど間を眮かずパンタグラフが䞊がり架線に再接觊した。するず車内の蛍光灯に灯が戻っおきた。

    本州の電源は盎流、九州は亀流ずいうわけで、その境の死電区間デッドセクションは確かトンネル出口に付近にあったはず。ここで地䞊切替えができるのだろうか。

    ずにかく、僅かな客を乗せた電車は発車した。そしお、関門トンネルに入る蚳だが、海底トンネルずいっおも、長倧な青凜トンネルの䜓隓者ずしおは、関門海底トンネルは短すぎお呆気なかった。7分走っお九州の門叞に到着。

    九州の入り口は、トンネルが出来る1942幎昭和17幎たでは、連絡船の到着する門叞枯駅だった。
    「九州の鉄道の起点は門叞枯だ」ず、こだわる人が倚いそうだが、私もそのひずりだ。

    門叞枯は門叞より駅ほど東に䜍眮する。そこに向かうには電車に乗るしかない。こんな颚に鉄道に乗っお門叞枯に向かうのは残念だが仕方ない。

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    キハ6667。正面だず平凡

    門叞枯行きは分の埅ち合わせ、19時54分発だ。急げ急げ  。なんずか乗り蟌んだ車䞡はキハ6667ずいう2䞡ナニットのディヌれルカヌだった。筑豊に15セットしか存圚しない車䞡だ。

    この圢匏は、1975幎昭和50幎に、゚ンゞン出力440PSずいう匷力゚ンゞンを積んで登堎した。暙準的なキハ20の゚ンゞンが180PS、新型のキハ40でも220PSずいう出力なので、この圢匏は䞀般近郊型の䞭では砎栌の性胜であった。

    冷房、匷制換気装眮付き、車内もドア転換クロスシヌトず、珟圚の近郊型でも最高氎準を誇る。ただ、補造コストがあたりにも高かった為、量産はされなかった。

    九州に行ったなら、䞀床はこの車䞡に乗りたかったので、これに圓たっお嬉しかった。加速は、たるで電車のよう。キハ20や40のようなノロノロぶりはない。走行音は、䜎速で走っおいたせいか、ディヌれルカヌ特有のガラガラ音が感じられなかった。

    感激しおいるうちに20時01分、門叞枯終点だ。

    九州の入口は門叞枯


    1914幎倧正幎に建造された門叞枯の駅舎は重芁文化財に指定されおいる。九州の玄関に盞応しい堂々ずした駅舎は、倧正ルネサンスを象城する異囜颚の建物だ。面線の長い櫛圢ホヌムの先っぜに、その駅舎はそびえおいた。

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    ここで列車を埅぀のもいい

    櫛圢ホヌムは頭端匏ずも呌ばれ、ホヌムの付け根に改札口がある。この構造はJRでは珍しい。跚線橋を枡るこずなく党おの列車に乗れ、ここが終着駅だずいう独特の雰囲気がある。

    列車を降りおホヌムの先の改札口たでやっお来た。

    ホヌムに面しお、癜い怅子ずテヌブルが䞊んでいた。ここに座りながら、次々発車する列車を眺め぀぀、自分の乗る列車を埅おば、旅立ちの気分は吊応なしに盛り䞊がるだろう。芋たこずはないがペヌロッパのタヌミナルのようだ。

    改札を出お、駅舎を芋䞊げた。

    「凄い  」
    癜い朚造階建お普通のビルなら階建おに盞圓する高さがあるの本駅舎。枋く゚メラルドグリヌンに光る銅板匵の屋根。明治、倧正時代に流行ったようなルネサンス調の柱、窓、屋根、そしお屋根時蚈  。それらが、ラむトアップされお、暗闇に浮かび䞊がっおいた。

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    聳えおいるずいう感じ

    屋根の窓からは、䞭の赀いランプが浮かんでいお、独特の雰囲気をかもしだしおいる。本駅舎の䞡偎には、鳥が矜を広げるみたいに、付属斜蚭が繋がっおいる。これらも、本駅舎の雰囲気をさらに匕き立おる感じ。

    やはり門叞枯駅が九州の玄関だ。
     
    駅舎の䞭に入る。倩井は、階建おに盞圓する高さがあるので広々しおいる。䞭倮広間、コンコヌスには石ず真鍮づくりの円柱が本建っおいる。

    駅舎の右偎にある埅合宀は、小荷物宀跡を䜿甚。こじんたりしおいるが、叀颚な感じで駅舎にマッチしおいる。駅舎の巊偎には、旧等埅合宀や旧等埅合宀があったはずだが気が぀かなかった。昔の埅合宀は広すぎお、今の旅客数だず寂しいだろう。

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    0キロポスト

    埅合宀の隣にうどん屋があった。そこで腹ごしらえをしお、倜行列車の旅に備えた。

    階には貎賓宀、貎賓宀掗面所、その埓者の郚屋、倧きな食堂があったそうだ。珟圚では䜿われる蚳もなく、たた重芁文化財なので、勝手に出入りできない。ニス塗りでピカピカの、曲がりながら階に䞊る立掟な階段をうらめしく芋送る。

    トむレは掗面所ずは別々に蚭眮されおいた。広々しおいお、快適に甚が足せる。昔は、この無数の䟿噚が満員になる事もあったのだろうなぁ  。

    次は掗面所。別の郚屋に、これたた砂挠のように広い掗面宀がある。掗面台ず鏡がセットになった物が無数に広がる。珟圚、これを䜿う人はいないず思うが、蒞気機関車などで顔や着物が汚れた時代の名残だろう。私はここで掗面をする。髭剃りに、歯磚きに奜郜合。

    以䞊のように、今は䜿われおいない斜蚭も倚い。駅職員も最倧596人だったのが珟圚46人だ。乗降客も少なく、列車は到着するが客は党く降りおこない光景がよく芋られた。しかし、重芁文化財であり珟圹の駅だ。これからも頑匵っおほしい。

    西鹿児島 倜行急行「かいもん」


    さお、門叞枯駅の哩祚など、みおいるうちに急行「かいもん」の発車時刻ずなる。急行「かいもん」は、鹿児島本線経由、西鹿児島行きの倜行急行だ。

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    7䞡線成の寝台車぀きの急行列車だった

    門叞枯から乗る人はほずんどなく、22時08分、回送同然で発車する。寝台車も連結されおいるが、私は圓然のように座垭車の自由垭に座った。

    車内の豪華さには感心した。

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    客はいなかったなぁ

    車䞡は12系客車ずいっお、オリゞナルは狭いボックスシヌトが䞊ぶ急行甚客車だ。指定垭車䞡の座垭が倜行バスに察抗しお、グリヌン車ず同じシヌトに取り替えられた話は聞いおいた。しかし、自由垭も、指定垭ず同じグリヌン垭のシヌトになっおいたのには驚いた。

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    ちょっず豪華すぎ

    今たで、色々な列車に乗っおきた。しかし、グリヌン車ず同じ怅子に座れるのはこれが初めお。リクラむニングシヌトを倒すず、床屋の怅子みたいにどこたでも倒れる。いやヌ感激感激。今倜はよく眠れそうだ。

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    倖芋は普通の12系客車

    22時40分、博倚を出おも客は増えない。空気茞送に培しながら、急行「かいもん」は鹿児島を目指す。

    結局、あたりの豪華な怅子に緊匵しお、終点西鹿児島たで起きおいた。西鹿児島には6時05分に到着するが、倖はただ真っ暗。東京ならもう日が昇っおいるはずだ。

    6時19分発の特急「有明12号」で八代たで来た道を戻り、八代から熊本県の人吉たで肥薩線で行こうず思う。

    今日は、人吉の鍟乳掞「球泉掞」を芋お、湯前線に乗っお終点の垂房ナヌスホステルに泊たる予定だ。

    次の蚘事

     
     

    雚男

     
     
    Travel alone ではなく、Solo travelerでありたい。 ある旅人むンフル゚ンサヌが蚀った蚀葉です 過去の鉄道や旅、河川沿いの散歩蚘事を玹介しおいたす 䞋手でしたけどラグビヌも倧奜き

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