
寺子屋宗次郎/2.百姓になれなかった男
元赤穂藩士だが、吉良邸に討ち入った四十七人に選ばれず、選ばれなかったことを知りもしない中山宗次郎。
備中の山あいの村で寺子屋の教師として、妻子とともに日々を送っていた。
原案・編集・発行:K_Kameno
執筆:ChatGPT(OpenAI)
挿絵:生成AI(人間による構図・表現の指定と選定)
こちらからつづく
1. 藩が消えた
宗次郎は、播州赤穂藩の勘定方の平侍だった。
その赤穂藩が、前年の春、なくなった。
主君の浅野内匠頭が江戸城中で刃傷に及び、即日切腹を命じられたのだ。
藩は改易となり、家臣たちは禄を失った。
再仕官を求めるつもりはなかった。自分にとって、とてつもなく重い存在だった藩というものが、実に呆気なく消えてしまったことで、武士を続ける気力が急に萎えてしまったのだ。
妻のお澄の実家は、名字帯刀を許された商家だった。だから宗次郎は、妻のつてで商いを始めようと思った。
しかし、肝心の妻が、それに反対した。
「私は、もう商家の暮らしは結構です」
と、お澄は言った。
「なぜじゃ。そなたの実家は、立派に商いをしておるではないか」
「だから、結構なのです。私は、商家の暮らしがどのようなものか、よく存じております」
お澄は、少し考えてから付け加えた。
「それに、あなたに商売は無理です」
「なぜだ」
「お客に値切られたら、言われるままに売ってしまうでしょう」
「そんなことはない」
「では、十文の品を八文にしてくれと言われたら」
「……九文なら、よかろう」
「ほら、ご覧なさい」
勝ち誇ったような妻の顔が、あの時ほど憎らしく思えたことはない。
2. 百姓が務まらなかった
結局、二人は百姓になることにした。
土地を耕し、作物を育て、家族三人で暮らしていく。
商家にも武家にも縛られない。
自分たちの力で食べていく。
そう考えると、何やら清々しい気持ちになった。
幸い、土地のあてはあった。
赤穂藩に仕えていた頃、宗次郎は村方の仕事に携わったことがあった。その折に知り合った庄屋が、備中の知人に口をきいてくれたのである。
宗次郎は、妻子を連れて備中へ向かった。
備中の庄屋は、宗次郎一家を村に迎え入れ、耕す土地を貸してくれた。
「慣れぬ仕事でございましょうが、首尾よく参りますよう、お祈りしております。必要なことがおありでしたら、何なりとお申しつけくだされ」
庄屋は、そう言って、穏やかに笑った。
宗次郎は深く頭を下げた。
武士であった頃には、庄屋に頭を下げることなど、そうそうなかった。それが今では、土地を借り、暮らしの面倒まで見てもらっている。
ありがたいことだった。
ありがたいだけに、少々、肩身が狭かった。
もっとも、その時の宗次郎は、百姓仕事がどれほど大変なものか、まだ知らなかった。
宗次郎もお澄も、農作業の経験がなかったのである。

宗次郎は、百姓が朝から晩まで働いていることは知っていた。
しかし、朝から晩まで働くということは、現実には、彼の想像を絶する難事だった。
初めて鍬を振るった日は、昼前に腰が痛くなった。
二日目には、手の皮が剥けた。
三日目には、起き上がるのが嫌になった。
それでも、しばらくは頑張った。
しかし、頑張ったところで、仕事ができるようになるわけではなかった。
村の百姓たちは、親切だった。庄屋がそれなりに口をきいてくれていたのだろう。
鍬の持ち方、畝の作り方、種の蒔き方を教えてくれた。
宗次郎は、そのたびに礼を言った。
そして、教わった通りにやろうとして、失敗した。
ある日、見かねた百姓の一人が、宗次郎から鍬を受け取った。
「先生、こうするんです」
まだ先生と呼ばれるようになる前のことだが、村の者は、元武士の宗次郎をそう呼ぶことがあった。
百姓が鍬を振るうと、土は気持ちよく返った。
宗次郎も真似をした。
鍬は土に食い込み、抜けなくなった。
「……どうも、土が違うようじゃ」
「同じ畑ですよ」
百姓は笑った。
宗次郎も笑うほかなかった。
お澄も、畑に出た。
だが、彼女は夫以上に農作業が苦手だった。
虫を嫌った。
泥に足を取られるのを、もっと嫌った。
それでは、百姓は務まらない。
そして、こんなことを言った。
「百姓は、いけません。一日、汗みどろで働いても、一銭になりません」
それは商家の発想だろうと、宗次郎は思った。
しかし、そう言う宗次郎も、「農は国の基」という抽象的な謳い文句以外に、農業について何かを知っていたわけではなかった。
秋になって、収穫を見た。

村の百姓たちの畑には、それなりの実りがあった。
宗次郎の畑には、それほどなかった。
お澄は、収穫した作物をしばらく眺めていた。
「あなた」
「何じゃ」
「これでは、冬が越せません」
宗次郎にも、それはわかっていた。
3. 寺小屋を始めた
宗次郎は、寺へ参禅に通うようになった。
別に、悟りを開こうと思ったわけではない。
百姓仕事に行き詰まり、別の手も考えつかず、ただ、何かにすがりたかったのだ。
お澄は、呆れた顔で見送るだけだった。
怒る気力もなかったのだ。
寺の玄秀和尚は、宗次郎がやって来ると、黙って座る場所を示した。
宗次郎は座禅を組んだ。
しばらくすると、足が痛くなった。
百姓仕事で痛めた腰も、まだ治っていなかった。
座禅を終えると、和尚が尋ねた。
「どうじゃ。少しは気が晴れたか」
「いいえ」
「それは困ったのう」
和尚は、あまり困ったようには見えなかった。

そんなある日、玄秀和尚が宗次郎に声をかけてきた。
「庄屋殿から、藩の勘定方にお勤めだったと聞いた」
「はぁ」
「であれば、読み書きそろばんは、さぞ達者であろうの」
「達者かどうかはわかりませぬが、日々、使っておりました」
「なら、子供を教えたらどうじゃ」
宗次郎は、思いもよらぬことを言われて、和尚の顔を見た。
「私が、ですか」
「ほかに誰がおる」
「しかし、私は人にものを教えたことなどありません」
「百姓仕事も、やったことがなかったじゃろう」
「……はい。で、うまくいきませんでした」
「今度は、うまくいくかもしれん」宗次郎は考えた。
「和尚。子供を教えるというのは、難しいものでしょうか」
「難しいじゃろうな。だが、そなたにとっては、百姓仕事よりは向いておろうよ」
「そうでしょうか」
「少なくとも、紙と筆は、そなたに鍬ほどの苦労はかけまい」
宗次郎は、返す言葉がなかった。
こうして、宗次郎は、寺子屋の教師になった。

和尚が、机の上に置かれた手習い紙を、また、一枚、取り上げた。
今度は、おタネのものだった。
「ほう。これは、なかなかよい字じゃ」
「おタネの字です」
「ほぉ、小作農の与作の子のおタネか」
「はい」
「たいしたものじゃ」
玄秀は、手習い紙を元の場所に戻し、顔を宗次郎に向けた。
「中山殿は、わしの目には、あの頃より、ずっと元気になったように見える」
「そうでしょうか」
「そうじゃ。あの頃は、死んだ魚のような目をしておった」
「そんなにひどかったですか」
「ひどかった」
和尚は、きっぱりと言った。宗次郎は、また苦笑した。
玄秀が立ち上がった。
「では、そろそろ戻るとしよう」
「今日は、ありがとうございました」
「礼には及ばん。また、からかいに来る」
「和尚」
「何じゃ」
「それは、あまりありがたくありません」
和尚は声を立てて笑い、部屋を出ていった。
4. 月謝の取り立てに、助っ人あらわる
和尚が帰った後、宗次郎は一人で部屋を片づけ始めた。
そこにお澄が入ってきた。
「和尚様は、何のお話でした」
「何ということはない。また、わしをからかいに来られたのじゃ」
「そうでしたか。あなたは、和尚様を楽しませていらっしゃる。ご立派なことです」
宗次郎は、ずいぶんな物言いだと思ったが、不思議と、からかわれている気はしなかった。
「ところで、あなた。今月のお月謝ですが」
「うむ」

「お米でいただいた分が、少し足りません」
「そうか」
「督促状を書いてまいりました」
「また……であるか」
「また、でございます」
「うーむ、どうも気が進まぬ。そなたが取り立てに行ってまいれ」
「私が……ですか。私が、楽しくて、貧しい農家に取り立てに行っているとでもお思いですか」
「……」
宗次郎は黙った。
お澄も黙った。
しばらく、二人とも口を開かなかった。
その時、部屋の隅の方から、小さいがよく通る声が聞こえてきた。
「母上」
娘の千代だった。
「おタネちゃんの分なら、私が渡します」
宗次郎は、驚いた。
「お前が?」
「はい。明日の手習いの間に渡します」
「何と言って、渡すのじゃ」
「『おタネちゃん、よろしくね』って、渡します」
「それはイカン。娘を金の取り立てに使うわけにはいかぬ」
そんなことをしたら、武士の沽券にかかわると、宗次郎は思う。
いや、武士でなくとも、百姓でも、町人でも、まともな人間であれば、娘に金の取り立てなどさせない。
「お千代にまかせましょう」
お澄が低く太い声で言った。腹を括ったときの言い方だ。
「千代は、おタネちゃんとは、仲良しなのだね」
「はい、母上。先日も、おタネちゃんと一緒に野良仕事をしました」
「では、任せました。ですが、おタネちゃんに無理強いすることはないのですよ」
「はい。わたしは、おタネちゃんに渡すだけです。おタネちゃんも、おタネちゃんの母上に渡すだけです」
「それで結構です」
と、お澄が満足気に言った。

宗次郎は、口を挟もうとした。
しかし、何を言えばよいのか、わからなかった。
千代は、別に悪いことをしようとしているわけではない。お澄も、好きで督促状を書いているわけではない。
そして、自分にも、月謝をもらわずに寺子屋を続けていけるほどの蓄えはなかった。
百姓になろうとした頃のことが、ふと思い出された。
あの頃は、自分たちの力で食べていけると思っていた。
今は、村の人々から米をいただいて、暮らしている。
庄屋に土地を借りたまま、結局、百姓として一人前になることもできなかった。その庄屋の孫娘であるお春が寺子屋にやって来ると、宗次郎は今でも、何となく居住まいを正してしまう。
お春は、別に威張っているわけではない。だが、宗次郎には、あの娘が時折、祖父と同じような顔をしているように見えるのである。
宗次郎は、黙って立ち上がり、庭に出た。
初夏の空が、青かった。
明日は、また子供たちがやって来る。それまでに、手習いの手本を用意しておかなければならなかった。
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