メインコンテンツへスキップ
見出し画像

天道大福帳③~忠臣蔵の黄表紙的解釈

     忠臣蔵ちゅうしんぐらの討入うちいりもいよいよ大詰おおづめ。黄表紙の解釈かいしゃくはどうなるのだろう。
     黄表紙きびょうし「天道大福帳てんとうだいふくちょう」は、朋誠堂喜三二ほうせいどうきさんじ作、北尾政美まさよし画で、天明六年1786、蔦屋重三郎つたやじゅうざぶろうから刊行された。
     三巻三冊の現代語訳(忠臣蔵の解説をつけながら意訳して)を三回に分けて紹介する三回目、最終回。

     


    下巻
    十二

    画像

    義平ぎへい「二度とおいでくださるな」
    了竹りょうちく「あいたたたた」
     
    天人「もう一回ひっくり返させてやろうか。あんまり憎にくいい坊主ぼうずだ」
     

    十段目「天河屋あまがわやの場」
     堺さかいの廻船問屋かいせんどんや天河屋あまがわやの義平ぎへいは、大星由良助おおぼしゆらのすけに味方し、秘密がもれぬように妻子を家から追い出す。舅しゅうとの大田了竹おおたりょうちくは正式に娘の園そのと離縁りえんしろと言う。娘はもっと身分のいい男と再婚させるというのだ。
     憎にくまれ口をたたく了竹りょうちくを義平は蹴飛けとばす。

     


    十三

    画像

    捕手とりて「さあさあ、白状はくじょう白状」
    義平ぎへい「わが子に刀をむけられて、知らぬことを知っているとは申もうせぬは」
     
    天人「子にほだされて白状はくじょうしなければいいが」
    天道「今は止めるにはおよばぬ。もし義平ぎへいがわが子を殺す気になったら、そのときは天から熊手くまでをおろして止めるのだぞ。合点がってんか」
    天人「さてさて、気疲きづかれすることだ」
     

    十段目の続き。
     夜、討入うちいりの武器を隠かくし持っているだろうと、捕とり手がやって来る。それを見つからぬようにする義平ぎへいの前に、息子のよし松を連れて来て、「白状はくじょうしなければ」と、よし松ののどもとに刀をつける。「天河屋あまがわやの義平ぎへいは男でござる」と言って、自らわが子を手にかけようとする。←「男でござる」は男女差別と言わないで!
     そのとき大星由良助おおぼしゆらのすけが「暫しばし暫し」と現れ、これは義平ぎへいの心を試すための狂言だったとわかる。
     皆が奥に入ったところへ、義平ぎへいの妻お園そのが息子と夫を心配してやって来る。義平ぎへいは、「もう離縁状りえんじょうを渡したので家には入れぬ」という。

     


    十四

    画像

    お園「櫛くしや笄こうがいなどの髪飾かみかざりを盗むなら、いっそ殺して、殺して」
     
    天人「あの盗賊とうぞくは味方みかただから、お園が暴あばれてケガをしないように、よく押さえてやりな」
    天道「離婚りこんの去り状さりじょうを取ることを忘れねばよいが」
    天人「どうもかわいそうで、しっかり押さえているのがつらいつらい」
     

    十段目の続き。
     お園そのは親のもとにも帰られぬと自害じがいしようとする。そこへ覆面ふくめんの男が現れ、お園そのの髪の毛を切り、櫛くしや笄こうがいと懐ふところの父から奪うばい返した離縁状りえんじょうを盗ぬすむ。
     由良助ゆらのすけが、世話せわになった礼だと義平ぎへいに渡したのは、先ほどお園が盗まれたもの。それを見たお園そのが駆かけ寄よる。
     髪の毛を切ったのは尼あまにするため。尼なら結婚できない。だから尼と義平ぎへいは一緒に暮らしても、親の了竹りょうちくは何も言えないだろうと言う。そして髪の毛が伸びたら、またこの櫛くしなどを使えばよいというのだ。
     そして討入うちいりは夜なので、合い言葉を「天河屋あまがわや」の「天あま」と「河かわ(川)」と決める。

     


    十五

    画像

    天人「この熊手くまでは、ちと短い」
    天人「高師直こうのもろなおが出てきたら、この太鼓たいこの撥ばちを投げて罰ばちをあててやる」
    天人「『天道人を殺さず』というが、この芝居ではたくさん殺した」
    天人「師直もろなおは炭小屋すみごやにいるぞ。気をつけろ」
    天道「ぬかるな、ぬかるな」
    天人「奥座敷おくざしきの方へまわれまわれ」
    天人「寒い晩だが、手に汗握にぎり、汗だらけだ」
     

    十一段目は、討入うちいりの場面
     討入うちいりの合い言葉は「天あま」「川」だが、それを知らない師直もろなおの家来けらいは、「天あま」と言われて「酒」「干ぼし」とこたえる。つまり、「甘酒あまざけ」「甘干あまぼし(甘柿あまがきの干ほし柿)」ということだ。
     四十六人の討入うちいりに、自害じがいした早野勘平かんぺいを加え四十七士しじゅうしちしの討入うちいりといわれる。

     


    十六

    画像

     四十六人の義士ぎし、切腹せっぷくの後、天道様の計はからいにて、
    「忠義ちゅうぎのためとはいいながら、地獄じごくにも作法さほうがあり、多くの人を殺したので修羅道しゅらどうへ落とさなければならない。それとは逆に、極楽ごくらくへ行かせたとしても、仏になって毎日寝て暮くらすのも惜おしいことなり」
    とて、四十六人の魂たましいを天に呼び、有名な星の手下とさせる。
     由良之介ゆらのすけと力弥りきや父子は北辰ほくしん、つまり北極星ほっきょくせいの手に属ぞくし、そのほかも、それぞれの星座にわりふりする。
     
    天人「まことに、古今ここんまれなる忠義ちゅうぎの義士ぎし、こういうこともありそうなことさ」
    天人「このたび、塩冶えんや浪人ろうにんの忠義ちゅうぎにより、おびただしい小粒金こつぶきんが天に昇のぼり、蔵くらもいっぱいになり、みんな外に積つんだままです」
    天人「おおおお、今度の義士ぎしがおれの手下になるらしい」
     

    当時は天文台の移転(天明二年1782年)などもあり、天文ブームが起きていたので「星」が出てきたようだ。

    天文ブームから、天体を擬人化した当時の黄表紙はこちら、

     


    十七

    画像

     義士ぎしの忠義ちゅうぎが固かたまって、数多くの小粒金こつぶきんとなり、天に昇のぼったけれども、置き場所がないので、新あらたに四十七の蔵くらを建てさせたまい、「いろは」の印をつけて、これを仮名手本かなでほん忠臣蔵ちゅうしんぐらと申すなり。
     
    天人「さてさて、すさまじい金だ」 
    天人「ようやく話もまとまった」

    めでたしめでたし

     


     忠臣蔵ちゅうしんぐらという言葉のもととなった竹田出雲らの「仮名手本かなでほん忠臣蔵ちゅうしんぐら」は、四十七士しじゅうしちしを仮名かなのいろは四十七文字にあてはめているので仮名手本かなてほんという。実際にいろはの文字を書いた蔵があったようだし、大石内蔵助くらのすけの名前には「蔵」もあり、忠義ちゅうぎの臣下しんかという言葉と結びつけ忠臣蔵ちゅうしんぐらとしたようだ。
     長いストーリーの中の部分部分を取り上げて、その黄表紙的解釈かいしゃくをしている。

     「忠臣蔵ちゅうしんぐら」を知らなければ楽しめない作品だが、少しでも楽しんでもらえただろうか。
     

     
     
    神戸からの風。 歓怒の文字は「歓喜」「怒り」「喜怒哀楽」を示し、「かんど」は漢字では「神戸」とも書ける。「感動」とも書ける。 毎週、日曜日、木曜日更新。

    あなたへのおすすめ