
納豆王の茨の道 第3章 コタツで発酵!?~幻の「雪納豆」と「箱納豆」の正体~
2000年12月、IBC岩手放送が制作する「いわて大陸」で、岩手県の西和賀紀行がスタートした。
そして今回はついに幻の雪納豆が…そして「箱納豆」とは?
一面の雪原で
左草公民館を出発すると、今度はカメラマンの運転する車に乗り込んだ。
目指すのは、沢内村の猿橋地区。
和賀川沿いの山間を縫うように、車は雪道を進んでいく。
窓の外に広がるのは、一面の雪原。
山々も木々も白く染まり、まさに雪国そのものだ。
「ずいぶん山奥に入ってきましたね」
大沢アナが、窓の外を眺めながら言う。
「本当に、こんなところに雪納豆を作っている人がいるんでしょうか?」
「高橋さんが『いる』、と言っていたんですから、大丈夫でしょう」
そう答えながらも、僕自身も少しだけ不安だった。
左草公民館を出発して、およそ20分。
ついに沢内村の中村さん宅に到着した。
NHKに競り負けた
玄関先から出てきたのは、おっとりとした雰囲気の60代くらいの女性だった。
大沢アナが声をかける。
「こんにちは!
中村さんですか?」
「はい。中村です。
ようこそ沢内村へ」
「湯田町の高橋さんの紹介で来ました」
すると中村さんは、にっこり笑って、
「お待ちしておりました」
と答えてくれた。
「雪納豆を作ってるって本当ですか?」
大沢アナが切り出した。
「はい。
冬のこの時期に雪納豆を作っています。
去年もNHKさんが取材に来ました」
なんと!
天下のNHKに先を越されていた。
「どんな納豆なんですか?」
今度は僕が質問すると、中村さんは、雪納豆の作り方を丁寧に教えてくれた。
畑で採れた大豆を煮豆にする。
それを市販の納豆と混ぜ、稲わらで包む。
そして、それを雪の中に入れて約2週間発酵させる。
なるほど。
雪納豆とは、単に雪の中で納豆を保存するものではなかった。
雪国の自然環境そのものを利用した、雪室による製法だった。
「雪が足りない」
これはぜひ、実際の製造風景を見てみたい。
「今から雪納豆を作るところを見せてもらえますか?」
大沢アナが尋ねた。
すると中村さんの表情が、少し曇った。
「ただ、雪が……」
「雪?」
僕たちの目の前には、確かに雪がある。
「雪ならこんなにたくさんありますが、何か問題でも?」
僕が尋ねると、中村さんは説明してくれた。
「例年なら、この時期は積雪が2メートルくらいあるんです。
でも今年は50センチしかないんです」
「50センチじゃダメですか?」
「最低でも1メートル積もらないと、雪納豆は作れません」
まさかの展開だった。
せっかく「雪納豆を探しに行きます!」と意気込んで、盛岡からここまでやって来たのに――。
雪が足りない。
「雪をかき集めたらいいんじゃないですか?
僕らも手伝いますよ」
僕が提案すると、中村さんは首を横に振った。
「いや、人工的に圧縮した雪だと、うまく発酵しないんです」
「マジか!」
僕は思わず叫んでしまった。
雪納豆、恐るべし。
自然の雪でなければダメなのか。
しかも、十分な積雪が必要。
思った以上に繊細な製法だった。
「わざわざお越しくださったのに、申し訳ないです」
中村さんが恐縮する。
「いや、とんでもないです」
せっかくここまで来たのに、手ぶらで帰ることが濃厚になり、大沢アナと僕は肩を落とした。
すると中村さんが、
「代わりに、箱納豆を紹介しますか?」
と言った。
「箱納豆?」
初めて聞く名前だった。
「納豆と混ぜた煮豆をタッパーに入れ、毛布に包んで、コタツの中で3日間発酵させるんです」
「コタツですか!?」
思わず聞き返してしまった。
雪深い山里で、納豆をコタツで発酵させる。
なんとも生活感のある納豆作りである。
中村さんに案内されて家の中へ入ると、居間の中央にはコタツがあった。
「まさか、この中に?」
「はい」
そう言って、中村さんがコタツ布団をめくった。
その瞬間――。
強烈な納豆臭が立ち上った。
「うわっ!」
僕は思わず大沢アナと顔を見合わせた。
まさに納豆王を唸らせる香りだった。
「タッパーに入れた納豆だから、箱納豆?」
僕が尋ねた。
「我が家では、そう呼んでます」
中村さんはそう答えると、今度は冷蔵庫からタッパーを取り出した。
「これが完成品です」
少し分けしてもらい、僕と大沢アナでご相伴に預かった。
ひと口食べてみた。
「大粒の納豆で、かなり旨味が凝縮していますね」
大沢アナも続けた。
「ザ・納豆という存在感ですね。
糸引きもかなり強い!」
雪納豆こそ食べられなかったが、ここでしか味わえない「箱納豆」に出会うことができた。
とはいえ――。
今回の目的は、あくまでも雪納豆。
結局、この日の雪納豆は、幻のままだった。
僕は帰り際、中村さんにお願いした。
「積雪が1メートルを超えたら連絡ください。
すぐにまたお邪魔します」
そして中村さんと連絡先を交換し、大沢アナとともに盛岡へ戻った。
幻は、幻のままでは終わらない
この旅の一部始終は、年が明けた2001年1月6日(土)午後1時から、IBC岩手放送のローカル番組として放送された。
正月最初の週末だったこともあってか、反響は大きかった。
なんと、「TVチャンピオン」以上に視聴率が高かったという。
仕事始め後に営業先を訪れると、
「テレビ見ましたよ!」
「また納豆王が出てましたね!」
と、あちこちで声をかけられた。
「TVチャンピオン」出演をきっかけに高まっていた僕の人気は、さらに沸騰していった。
しかし、僕の中にはひとつ心残りがあった。
雪納豆はまだ食べていない。
ところが、2001年2月。
中村さんから連絡が入った。
「雪が十分積もりましたよ」
待っていた知らせだった。
今回はテレビのロケではない。
僕は家族5人で再び沢内村へ向かった。
そして今度こそ、念願だった雪納豆作りを、実際に体験することができた。
雪の中で仕込まれる納豆。
厳しい冬の自然を利用して、ゆっくりと発酵していく。
あの日、山奥まで探しに行ったのに、雪不足のため見ることができなかった「雪納豆」。
その幻を、今度は自分の手で仕込むことができた。
そして約2週間後。
中村さんから、完成した雪納豆がクール便で我が家に届いた。
ついに――。
幻の「雪納豆」との出会いである。
テレビのロケでは食べられなかったけれど、そのおかげで僕はもう一度、沢内村を訪れることになった。
振り返ってみれば、この旅で出会ったのは納豆だけではなかった。
雪国の暮らし。
自然とともに受け継がれてきた先人の知恵。
そして、突然訪ねてきた僕たちを温かく迎えてくれた高橋さんや中村さんたち。
納豆を追いかけて山奥まで来たからこそ出会えた人と味だった。
そして何より――。
「幻」は、諦めなければ、いつか現実になる。
僕にとって雪納豆は、そんなことまで教えてくれた納豆だった。
番組をオファーしてくれたIBC岩手放送に、感謝の気持ちでいっぱいになった。