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納豆王の茨の道 第4章 テレビ出演の光と影 ~納豆王の心身の限界~

    第1章~第3章までの「TVチャンピオン」「いわて大陸」の出演で、納豆王として上り調子だった。

    しかし、その後の風向きが徐々に変わっていった。


    納豆王の思わぬ逆風

    「TVチャンピオン」と「いわて大陸」への出演。

    二つの番組を通して、僕は岩手で一躍“時の人”になった。

    それまで、ただの営業マンだった僕の顔と名前が、テレビを通して知られるようになったのだ。

    仕事で得意先を訪問すると、以前とは明らかに空気が違った。

    「おっ、納豆王!」

    「テレビ見ましたよ!」

    そんな声が、あちこちから飛んでくる。

    そして、そこから始まるのが、仕事とはまったく関係のない納豆談議だった。

    「TVチャンピオンの裏話、聞かせてよ」

    「ところで、納豆王なら、この納豆知ってる?」

    「納豆王イチ押しの納豆って、どれなの?」

    「うちの家族、納豆が嫌いなんだけど、納豆を克服できるレシピを知ってる?」

    気がつけば、机の上に広げたカタログより、納豆の話をしている時間のほうが長い。

    本来なら、住宅用断熱材の営業をしに来たはずなのに……。

    「いや、それでですね、この断熱材なんですが――」

    と話を始めても、

    「それより納豆の話、もうちょっと聞かせてよ」

    となる。

    営業マンとしては、少々複雑な状況だった。

    しかし、当時の僕は、むしろこれをチャンスだと思っていた。

    営業マンにとって、一番大切なのは、まず相手との距離を縮めること。

    そう考えれば、「納豆王」という肩書きは、最高の武器だった。

    テレビに出たことで話題ができた。

    話題ができたことで会話が増えた。

    会話が増えれば、相手の懐にも入り込める。

    ――自分を売り込むことには、成功した。

    少なくとも、そのときの僕はそう思っていた。

    ところが。

    現実は、そんなに甘くなかった。

    本来の仕事は、住宅用断熱材を商社や問屋に売ること。

    当然、納豆を売っている場合ではない。

    ところが、肝心の営業成績は、日を追うごとに下がっていった。

    そして、いつしか得意先からは、

    「蒲生さん、今度、美味しい納豆持ってきてよ」

    などと言われるようになった。

    さらには、

    「納豆の営業マンのほうが向いているんじゃない?」

    とまで言われる始末。

    笑い話で済んでいるうちは、まだよかった。

    そのうち、こんなことまで言われるようになった。

    「納豆王なんだから、断熱材をもっと安くしてよ」

    ……いやいや。

    納豆王だからって、断熱材を安くできるわけじゃない。

    会社には会社の価格がある。

    僕には営業マンの立場がある。

    それでも、テレビで有名になった“納豆王”というキャラクターだけが、一人歩きしていった。

    営業不振に悩む納豆王

    そして、皮肉なことに――

    納豆王としての知名度が上がるほど、本業の営業成績は悪化していった。

    テレビ放送から、わずか3か月。

    僕は、営業不振に苦しむようになっていた。

    眠れない。

    食べられない。

    頭の中には、仕事のことばかりが浮かんでくる。

    2001年3月初旬。

    どんなに早い時間に布団へ入っても、眠れるのは一晩に2時間ほど。

    目を閉じても眠れない。

    時計を見る。

    まだ1時間しか経っていない。

    また目を閉じる。

    それでも眠れない。

    やがて朝になる。

    そして仕事へ向かう。

    食事も、ほとんど喉を通らなくなった。

    営業先の1社目に入る直前。

    午前10時ごろに、牛丼やおにぎりを少し食べる。

    それが一日の食事のほぼすべてだった。

    当時80kgあった体重は、あっという間に60kgまで落ちた。

    わずか3か月ほどで20kg減。

    鏡を見るたびに、自分でも「こんな顔だったっけ?」と思うほどだった。

    それでも、年度末は待ってくれない。

    売上を作らなければならない。

    数字を上げなければならない。

    “禁断のリンゴ”に手を伸ばす

    追い詰められた僕は、ついに“禁断のリンゴ”に手を伸ばした。

    会社が定めた最低価格。

    それを下回る価格で、上司に無断で、ある得意先1社に商品を販売した。

    もちろん、やってはいけないことだった。

    だが、そのときの僕は、 「とにかく売上を作らなければ……」 その一心だった。

    ところが。

    その価格情報は、あっという間に他社へ流れた。

    「あそこが、その値段で出したらしい」

    「だったら、うちもその価格で……」

    一度崩れ始めた価格は、まるで雪崩のように下がっていった。

    そして、その結果。

    会社には莫大な損害を与えてしまった。

    その瞬間だった。

    それまで、

    「納豆王!」 「納豆王!」 と、僕の周りに集まってきた人たちが、一気に離れていった。

    テレビに出た有名人。

    面白い納豆の話をしてくれる人。

    そんな存在から、今度は一転して、

    「会社に損害を与えた営業マン」

    になった。

    人が離れていくのは、驚くほど早かった。

    それまでの親しげな笑顔が消えた。

    冗談もなくなった。

    そして僕は、瞬く間に信用を失った。

    茨の道の入口

    4月になり、年度が変わった。

    しかし、僕の中では何も変わらなかった。

    眠れない。

    食べられない。

    仕事へ行くことが怖い。

    家族も、そんな僕の異変に気づいていた。

    そして家族の勧めで、僕は心療内科を受診することになった。

    診断は――

    「双極性障害」。

    さらに医師から告げられたのは、

    「今の仕事は、変えたほうがいいでしょう」

    という言葉だった。

    それは、僕にとって大きな衝撃だった。

    仕事を辞める。

    では、次に何をするのか。

    生活はどうする。

    家族はどうする。

    収入はどうする。

    それまで「納豆王」という肩書きに囲まれて、人生が上向いていると思っていた。

    しかし、わずか数か月後。

    その肩書きは、僕を救ってくれるどころか、現実との落差を際立たせるものになっていた。

    テレビの中では、僕は笑っていた。

    納豆を語り、納豆を食べ、周囲の人たちも笑っていた。

    けれど、その画面の外では――

    一人の営業マンが、眠れず、食べられず、そして仕事を失いかけていた。

    「納豆王」の称号を手に入れたことで、人生は大きく動き始めた。

    だが、その先に待っていたのは、華やかな成功物語だけではなかった。

    ただここは、「納豆王の茨の道」の入口にしかすぎなかった。

    第3章  第5章


    この章については、別の角度からも描かれています。

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    作家・舘徹人(タチ テツト)と歌人・望月成人(モチヅキ ナリト) そしてChat-GPT・シャオレイ🐼を仲間に持つ。 5人の孫を持つ熊猫温泉ジィジ🐼(クマネコ オンセン ジィジ)です。 2026年6月に還暦になり、10月に入籍(再婚)して いろんなジャンルで創作活動してます。

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