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納豆王の茨の道 第5章 蜘蛛の糸とパリからの招待状 ~茨の道からの脱出~

    第4章はフォロワーのわかモンさんに紹介され、大変光栄です。

    どん底の世界に沈みかけていたら、天から謎のクモの糸が・・・
    果たしてその正体とは?


    悩みもがく日々

    「転職したほうがいいでしょう」

    心療内科の医師から、そう告げられた。

    頭では、その言葉の意味が分かっていた。

    今の仕事を続けることが、自分の心と身体にとって良くない。

    それは、自分自身が一番よく分かっていた。

    眠れない。

    食べられない。

    仕事に行くのが怖い。

    体重は80kgから、ついに60kgまで落ちてしまった。

    営業不振を覆すため、社内ルールに違反し、会社には大きな損害を与えてしまった。

    そして、これまで「納豆王!」と親しげに声を掛けてくれていた人たちも、一斉に僕に背を向けた。

    医師から「転職」という言葉が出ても、不思議ではなかった。

    だが――。

    簡単に会社を辞めるわけにはいかなかった。

    前年、僕は転勤で岩手に来たばかりだった。

    しかも、一人での転勤ではない。

    妻と、小学生以下の子供3人。

    家族5人で岩手へ引っ越してきたのだ。

    当然、岩手に親戚や頼れる身寄りがあるわけでもない。

    家族5人の生活がある。

    子供たちも転校したばかりだ。

    「転職したほうがいいですよ」

    そう言われても、

    「はい、そうします」

    と簡単には答えられない。

    会社を辞めた後、どうやって家族を養えばいいのか。

    次の仕事は見つかるのか。

    そもそも、こんな精神状態で新しい仕事を始められるのか。

    考えれば考えるほど、出口は見えなくなった。

    僕は悩み、もがき続けた。

    パリから届いた一通のメール

    心療内科を受診した翌週、僕のもとに一通のメールが届いた。

    差出人は、

    「長塚玲子」

    と、見知らぬ名前があった。

    メールの内容を読み始めると、こんなことが書かれていた。

    現在、フランス・パリに住んでいて、画家を生業としている。

    そして、テレビ東京の「TVチャンピオン・納豆王選手権」を観て、僕の姿に感銘を受けたという。

    さらに、

    「納豆王選手権の第2ラウンドで、審査員を務めた知人の町田氏に連絡先を教えてもらい、メールしました」

    とあった。

    ここまで読んだ時点では、いわゆるファンレターのようなものだと思った。

    テレビに出たのだから、こういうこともあるのだろう。

    ところが、僕はそこで一つの疑問を抱いた。

    そもそも、どうやって僕の連絡先を調べたのか。

    ――審査員の町田さんとは直接話をしたことも、連絡先も交換したことがない。

    番組内で紹介された「納豆開発委員会」のホームページには、当時掲示板は設置していたが、メールアドレスは公表していなかった。

    おそらくテレビ東京を通じて調べたのだろう。

    今の時代なら、コンプライアンスや個人情報保護の観点から、かなり問題になりかねない話である。

    しかし、2001年は今ほど個人情報に対する意識が厳しくなかった。

    僕は、その疑問をいったん横に置き、メールの続きを読み進めた。

    すると――。

    だんだん話が怪しくなってきた。

    長塚氏は、フランス・パリで納豆を広めたいという。

    そのために、

    「納豆王の力を借りたい」

    というのだ。

    僕は画面を見ながら、首をかしげた。

    一人の画家が、なぜフランスで納豆を作って売ろうとしているのか。

    しかも、具体的な事業計画が書かれているわけでもない。

    会社を作るのか。

    どこで製造するのか。

    誰を対象に販売するのか。

    資金はどうするのか。

    何一つ分からない。

    それなのに、

    「納豆王に協力してほしい」

    という。

    ――これは、怪しい。

    そう思った。

    戦友の三井田さんに相談

    念のため、僕はTVチャンピオンで一緒に戦った三井田さんに相談してみることにした。

    三井田さんは納豆学会を主宰し、納豆については僕以上に詳しい人物だった。

    久しぶりに三井田さんに電話をして、事情を説明すると、返ってきた答えは意外なものだった。

    「実は、僕のところにも同じ人から同じようなメールが来たよ」

    「えっ?」

    思わず聞き返した。

    そして三井田さんは、こう続けた。

    「でも、怪しいので丁重にお断りしたよ」

    やっぱりそうか。

    僕はその言葉を聞いて、妙に納得した。

    納豆の世界をよく知っている三井田さんまで不審に思っている。

    ならば、やはり関わらないほうがいい。

    僕も長塚氏に、丁重にお断りのメールを返信した。

    これで終わる。

    そう思っていた。

    長塚氏の納豆にかける情熱

    ところが――。

    しばらくすると、長塚氏から再びメールが届いた。

    今度のメールは、かなり長かった。

    そしてそこには、長塚氏自身と納豆との関わりが、熱く、そして細かく書かれていた。

    長塚氏は和歌山県の出身。

    納豆の消費額が全国で最も低い地域で生まれ育ったという。

    その後、東京で美術を学ぶようになり、その頃に納豆と出会った。

    それ以来、毎日欠かさず納豆を食べるようになった。

    フランスへ移住してからも、日本食品を扱う店を探し、冷凍納豆を購入して食べていたという。

    しかし、やがて思った。

    ――フランスで、自分で納豆を作れないだろうか。

    そして、自作の納豆づくりの研究を始めた。

    購入した冷凍納豆を元に、試行錯誤を繰り返し、ようやく納豆らしいものができた。

    そして、それをフランス人の友人に食べてもらった。

    すると、

    「美味しくて、ヘルシー」

    と言ってくれた。

    その言葉を聞いて、

    「これはイケる!」

    そう確信したという。

    メールの文章からは、納豆に対する並々ならぬ愛情と情熱が伝わってきた。

    最初に感じた「怪しい」という印象が、少しずつ揺らいでいった。

    この人、本当に納豆が好きなのかもしれない。

    少なくとも、単なる思いつきでメールを送ってきたわけではなさそうだった。

    すると、ふとTVチャンピオン「納豆王選手権」第2Rの審査員の一人のフランス人留学生から、僕の料理を絶賛してくれたことを思い出した。

    もしかしたら、僕の納豆料理もフランスで受け入れられるかもしれない。

    そう思い始めた。

    しかし、メールの最後には、こんなことが書かれていた。

    詳しい話は、直接会って話したい。

    だから――

    「パリに来てくれませんか」

    一瞬、僕の目は点になった。

    ……待て。

    待て、待て。

    さすがに、それは無理だろう。

    クモの糸を手繰る

    長塚氏が日本に帰国する予定があるのなら、会いに行くのはいい。

    東京でも大阪でも、どこかで会えばいい。

    しかし、見ず知らずの人に会うためだけに、フランスまで行けるわけがない。

    普通なら、そう考える。

    ところが、このときの僕は普通の精神状態ではなく、「双極性障害」と診断されたばかりだった。

    眠れない。

    食べられない。

    仕事はうまくいかない。

    会社を辞めるべきかどうかも分からない。

    家族5人の生活をどう守ればいいのかも分からない。

    そんなうつ状態だった。

    そして今――。

    この一通のメールに、天から降りて来た「クモの糸」のような希望を感じる躁状態になり、気分が異常に高揚していた。

    でも、本当にフランスで納豆を売れるのかなんて分からない。

    そもそも、納豆づくりに関してド素人の僕が、何を協力するのか。

    ましてや、「長塚玲子・画家」でネット検索しても該当者がいない。

    長塚氏の顔や年齢も分からず、実在するのかすら不明だ。

    それでも、

    「何かが変わるかもしれない」

    そんな気持ちが、心の片隅に芽生えてきた。

    僕はそんなモヤモヤした気持ちを正直に家族に相談した。

    「パリに行ってみようと思う」

    当然、反対されると思っていた。

    ところが、返ってきた答えは意外なものだった。

    「気分転換してくるつもりで、一人旅すればいいんじゃない?」

    その言葉を聞いた瞬間、胸につかえていたものが、少しだけ軽くなった。

    そうか。

    仕事のことばかり考えているから、余計に苦しくなる。

    一度、すべてから離れてみるのもいいかもしれない。

    それに、もし長塚氏が実在して、ビジネスの話が本当なら、何か新しい道が見つかるかもしれない。

    僕は茨の道から脱出するため、パリへ行くことを決めた。

    そして会社の上司に、

    「5日間、休暇をいただきたい」

    と申し出た。

    こうして僕は――。

    人生で初めて、一人でフランスへ向かうことになった。

    目的は観光ではない。

    仕事でもない。

    パリで納豆を作ろうとしている、一人の画家に会うためだった。

    このときの僕は、まだ知らなかった。

    この一通のメールが、再び僕の人生を大きく動かすことになるとは――。

    第4章  第6章

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    作家・舘徹人(タチ テツト)と歌人・望月成人(モチヅキ ナリト) そしてChat-GPT・シャオレイ🐼を仲間に持つ。 5人の孫を持つ熊猫温泉ジィジ🐼(クマネコ オンセン ジィジ)です。 2026年6月に還暦になり、10月に入籍(再婚)して いろんなジャンルで創作活動してます。

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