
約束の向こう側へ⑨最後のオーストラリア~現金150ドルのドタバタ年末~
前作ではタスマニア島縦断の旅をした。
そして今回はメルボルンからシドニーに戻り、最後の2週間。
そこで待っていたのは・・・
タスマニア島を巡り終え、再びメルボルンへ戻った。
そして、シドニーへ向けて出発したのは、12月20日のことだった。
長距離バスに揺られ、翌日、ヨシヒコは再びシドニーの街へ戻ってきた。
1988年10月にオーストラリアへ入国してから、シドニー、ブリスベン、マリーバ、マウントアイザ、ダーウィン、カカドゥ、ブルーム、パース、そしてナラボー平原を越えてメルボルンへ。
さらに、そこから初めてのタスマニア島へ渡った。
気がつけば、オーストラリア大陸をぐるりと一周し、最後にタスマニアまで巡っていた。
そして今、その旅の終着点ともいえるシドニーへ戻ってきた。
長かった旅が、本当に終わろうとしていた。
そんなヨシヒコを、ジュディが両手を広げて迎えてくれた。
「Yoshi! おかえりなさい」
「Judy! ただいま」
「オーストラリア一周の旅はどうだった?」
「ブリスベンで万博を見てから……」
ヨシヒコは、これまでの旅を一つひとつ話し始めた。
マリーバで過ごした一か月。
マウントアイザの生徒がほとんど登校しない無線の授業。
ダーウィンで出会った戦争の記憶。
カカドゥ、ブルーム、パース、ナラボー平原。
メルボルン、そしてタスマニア。
ビルもジュディも、まるで自分たちが一緒に旅をしているかのように、嬉しそうに耳を傾けてくれた。
そして、ふとビルがつぶやいた。
「もうすぐ日本へ帰るんだな……」
その言葉を聞いた瞬間だった。
長かった旅が、急に終わりへ向かっていることを実感した。
ところが――。
旅の最後に、思わぬ問題が待っていた。
翌日、帰国のための航空券をクレジットカードで購入した。
これで帰国の準備は整った。
……そう思っていた。
ところが、お土産を買おうとしたとき、カードが使用不可になった。
カードの利用可能枠を、ほとんど使い切っていた。
カード払いもキャッシングもできない。
そして、ヨシヒコは財布の中身を見て愕然とした。
手元に残っている現金は、わずか50豪ドルほど。
「しまった……」
日本へ帰るまで、まだ十日以上ある。
食事も交通費も必要だ。
そして何より、オーストラリアのお土産もまだ買っていない。
ここまで来て、最後の数日を「何もできない」まま過ごすのは嫌だった。
どうする?
そんなヨシヒコに手を差し伸べてくれたのが、ビルだった。
「だったら、少し働けばいいじゃないか」
ビルが教えてくれたのは、短期間の日雇い仕事だった。
その日の仕事をして、その日のうちに現金を受け取れる。
長期の仕事を探しているわけではない。
日本へ帰るまでの、ほんのわずかな期間だ。
数日働いて現金を手に入れられれば、それでいい。
ただし、ヨシヒコは観光目的の入国許可で滞在していた。
自由に働ける立場ではなかった。
だから、大っぴらにできる仕事ではない。
背に腹は代えられない――。
そんな思いで、ヨシヒコは翌朝8時、教えられた場所へ向かった。
そこには、同じようにその日の仕事を求めて集まってきた男性が10人ほどいた。
中高年の男性ばかりで、若者はヨシヒコ一人だった。
しばらくすると、一台のミニバンがやって来た。
車から降りた雇い主が、並んでいる男たちを見回す。
「君と、君……」
指を差しながら、何人かを選んでいった。
選ばれた男たちは、次々とミニバンへ乗り込んでいった。
しかし――。
初日、ヨシヒコは選ばれなかった。
肩を落として帰宅した。
翌日も行った。
しかし、この日も空振りだった。
「今日もダメか……」
ところが、三日目。
ついに、その瞬間がやってきた。
「君」
指を差された。
ヨシヒコは、飛び上がるほど嬉しかった。
しかし、喜びを顔に出しすぎないようにしながら、ミニバンへ乗り込んだ。
連れて行かれた先は、ガソリンスタンドだった。
仕事は洗車。
二人一組になり、一日ひたすら車を洗う。
ホースで水をかける。
車体を洗う。
そして、拭き上げる。
単純な仕事だった。
けれど、真夏のオーストラリアで、一日中車を洗っている。
決して楽な仕事ではない。
それでも、ヨシヒコには目的があった。
今日一日働けば、現金が手に入る。
当時の日当は、記憶では50豪ドルほど。
金額の大小など、どうでもよかった。
今の自分にとって必要なのは、「今日働いた分が、今日お金になる」ことだった。
仕事が終わると、その日の賃金を現金でもらった。
封筒に入った現金。
ヨシヒコにとって、オーストラリアでの初めての給料だった。
帰宅すると、ビルたちに報告した。
「今日は仕事できたんだね!」
「おめでとう!」
ビルは、自分のことのように喜んでくれた。
ヨシヒコは5日ほど仕事を求めて通い、そのうち3日間働くことができた。
50豪ドルほどの日当を3日で、手元の現金は、約150豪ドル増えた。
航空券を買ったことで、突然、カードが使えなくなったヨシヒコにとって、この150ドルは大きかった。
「これで、帰国まで何とかなる……」
ようやく、少しだけ肩の力が抜けた。
そして――クリスマスがやってきた。
12月24日の夜。
ヨシヒコはビル夫妻と一緒に、クリスマス礼拝へ出かけた。
旅の途中では、マリーバの教会で一か月を過ごした。
しかし、この夜の礼拝は、それとはまた違う意味を持っていた。
オーストラリアへ戻ってきた1988年。
その旅の最後を、4年前に出会ったビルとジュディと一緒に迎えている。
礼拝を終えると、翌25日はビル一家とクリスマスランチ。
子どもたちも集まった。
マイケル、エリザベス、そしてジミー。
3人とも4年ぶりの再会だった。
マイケルとエリザベスは、4年前にはすでに結婚していた。
そしてこの年、末っ子のジミーも結婚していた。
「時間が経つのは早いな……」
1984年。
初めてオーストラリアを訪れたとき、ヨシヒコはビルとジュディに約束した。
「1988年の建国200周年を祝いに、また会いに来るよ」
あのとき交わした約束。
そして今、その約束を本当に果たしている。
しかも、オーストラリアを一周して帰ってきた。
長い旅を続けてきたヨシヒコにとって、この時間だけは「旅人」ではなかった。
家族の一員に戻ったような気がした。
ただし――財布の中身は、相変わらず心細い。
それでも、節約しながら、お土産を買った。
今回はお酒を買っても、前回のように税関で没収されはしない。
そして年の瀬の12月30日。
ビルたちは、最後の思い出にとヨシヒコを車に乗せ、シドニーから西へ100kmほど離れたブルーマウンテンズへ連れて行ってくれた。
目的地は、スリーシスターズ。
巨大な岩山を目の前にして、ヨシヒコはこれまでの旅を思い返していた。
シドニーから始まったオーストラリア。
中国留学を半年に短縮してまで戻ってきた1988年。
ひとつひとつ約束を果たし、答え合わせをしながら、いろいろなものを見て、いろいろな人にも出会った。
約3か月が長かったような、短かったような旅だった。
しかし、終わってしまうと思うと、やはり寂しかった。
翌日の大晦日。
ヨシヒコはシドニーで、ビルたちと静かに新しい年を迎えた。
そして――。
1989年1月3日。
ついに帰国の日が来た。
荷物をまとめ、ジュディに別れを告げた。
ビルは、また空港まで送ってくれた。
1984年に「また戻ってくる」と約束した。
そして、本当に戻ってきた。
今度は、いつ戻ってくるのだろう。
いや……。
もしかしたら、もう戻ってこないかもしれない。
空港でビルと最後の握手を交わした。
「Thank you, Bill.」
「Take care, Yoshi.」
そして、搭乗口へ向かった。
飛行機に乗り込む。
窓の外に、シドニーの街が見え、エンジンの音が大きくなった。
ゆっくりと機体が滑走路を進み、やがて大地を離れた。
オーストラリアで過ごした約3か月が、一気に胸の中へ蘇ってきた。
窓の外に広がるオーストラリアの大地を眺めながら、ヨシヒコは心の中でつぶやいた。
「さようなら、オーストラリア」
1984年に始まった約束の旅は、1989年1月3日、こうして終わった。
……はずだった。
しかし、ヨシヒコにはまだ一つ、残された計画があった。
日本へ帰る前に、もう一つの国へ立ち寄ることになっていた。
そこには、オーストラリアでの旅とはまったく違う出来事が待っていた。
そして――。
それは、最後の最後まで、ヨシヒコをハラハラさせる旅になるとは、このときまだ知る由もなかった。