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Photo bykarasu_toragara

RE: 大雨の夜、「車の窓が開いている」と言った父に、私たちは何を伝えるべきだったのか

    先生、おはようございます。

    嘘が問題なのではない。真実もまた、ときに人を深く傷つけ、再起不能なまでに揺さぶる力を持っているのだ。

    https://note.com/atsuko777_/n/ncbb3b4a020ac

    「能力だから差別ではない」みたいのありますよね。事実だと。

    例えばティーンエイジャーがニキビを気にしているとして、ニキビがあることは事実だからニキビの話を振って不快にさせるでしょうか。
    しませんよね。世の中には言う必要のないことがあります。

    実務ならアサーションにフェミニンな感じを少し足すとか、アイメッセージにするなど伝え方の工夫があります。

    倫理と哲学の領域に戻ると、真実も優しい嘘も、それを言って楽になりたいのなら、私はブレーキを踏みます。手を握って死を看取るしかなくても、ケアする相手の、配慮する相手の痛みを和らげたいからです。

    すると「あなたのためを思って(親切の押し売り)」という落とし穴が出て来てしまいます。
    認知症であっても、「あなたと私の責任の線引き」はあるはずです。
    これは、ケアするご家族などが抱え込まずに、「これは私の責任の範囲を超えた」と感じれば、遠慮せずに支援者に力を借りることができます。

    義務論は言えと言うとして、ケア倫理は現場の関係性を見るし、功利主義は「みんな」を見るでしょう。倫理と言っても、軸は複数ありますね。


    学ばせていただき、ありがとうございます。

    こちらは、先生の固定記事です。

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