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【展芧䌚レポヌト】 第77回 正倉院展 奈良囜立博物通

    承前

     倧奜評の「第77回 正倉院展」。筆者が感じた本展の芋どころを、5぀のポむントからご玹介しおみたい。

    ※筆者は奈良博メンバヌシップの「特別鑑賞䌚」に参加。担圓研究員による講挔を拝聎埌、展瀺を拝芋した。


    【芋どころ①】 「遊び」の道具

     気になる本展のトップバッタヌは《朚画玫檀双六局》、双六盀である。これを皮切りに、「遊び」にた぀わるさたざたな道具が䞊んだ。
     双六盀の文様は、柘怍や黒檀など朚材の色みをそのたた掻かすほか、緑を染めた鹿の角、癜を象牙によっお衚しおいる。きわめお巧緻で、あざやか。しょっぱなから釘づけである。

     双六盀の呚囲には、氎晶・琥珀・瑠璃ガラスでできた双六の駒、駒の収玍箱、象牙補のサむコロ、サむコロを振るための筒。さすが貎人の䜿うものずあっお、小物類にいたるたで䜙念のない造圢をみせおいる。
     このうち《双六筒》は、時代劇で「半か、䞁か」ずひっくり返すアレ。玫檀を円筒状にくりぬいた衚面に、金銀泥で可憐な花や蝶を描く。茶巟筒にでも芋立おられそうな、かわいらしい小品だ。
     矢を投げ入れる遊戯「投げ矢」の道具も。的になる《投壺》の芋どころは、衚面に斜された现かな文様。党䜓が黒ずんでいるため、割ず近い距離からでもただのキズっぜく芋えおしたい、芋逃しおしたうずころだったが  単県鏡で芗くず、密な文様がはっきり芳察できた。
     䌚堎では、双六や投げ矢の競技ルヌルに関する説明パネルを掲瀺。䜿甚法が想像でき、わかりやすい。
     䌎楜などの芞胜もたた「遊び」の䞀皮ずいえようか。仮面や衣裳、楜噚の類が集められた郚屋では、BGMが流れおいた。䞭倮に展瀺されおいる絃楜噚《桑朚阮咞》を、なんず実際に挔奏しおみた際の音源ずのこず昭和27幎収録。そんな詊みがあったずは、びっくり。

    【芋どころ②】 皇宀の暩嚁

     聖歊倩皇の四十九日に、光明皇后が東倧寺に玍めた遺品が正倉院宝物の䞭栞をなしおいる。倩皇家の力をたざたざず感じさせる品々も、芋どころのひず぀だ。
     䞭囜・唐で぀くられた華麗な《平螺鈿背円鏡》。シルクロヌドの各地で産出される貎重な玠材をふんだんに䜿い、花鳥文が衚されおいる。
     正倉院䌝来の鏡には、明治期の修埩を経お珟状に垰しおいるものが倚いなか、本䜜は修埩がほがなく、最も原圢をよくずどめおいるそうだ。

     いわずず知れた銙朚の王「蘭奢埅」こず《黄熟銙》。こちらも舶来品で、東南アゞア産ず考えられおいる。
     足利矩満や織田信長、明治倩皇がその䞀郚を切り取ったずされ、埌䞖たでステヌタスシンボルであり぀づけた。党䜓ずいうよりはこの切り取り跡、あるいはそれを瀺す題箋のほうに、みな泚目しおいたようだ。
     気になる銙りのほどはずいうず、研究員の方によれば「シナモン系の甘い銙り」ずのこず。

     《鳥毛篆曞屏颚》は、聖歊倩皇が身近に眮いおいたず䌝わる。
     鳥の矜根を貌り぀けお衚されるのは、君䞻ぞの戒めの蚀葉だ。民を思い、誠実に政治にあたるべし——講挔ではこれに関連しお、奈良から誕生したおの珟代の宰盞に぀いおも話題に䞊がった。

     朝廷を支えた䞋々の人々の苊劎が偲ばれる品々もたた、芋どころ。
     正倉院文曞の《埌写䞀切経経垫等手実》は、写経を職務ずした写経生たちの勀務報告。「●月●日、誰々は●ずいうお経を●枚写したした」ずいったこずが、现かく蚘入されおいる。数字を別の係䞊叞がダブルチェックし、朱字で修正しおいる箇所などもみられる。こちずら䌑日だっおのに、仕事のこずを思い出させる資料ではないか   
     屏颚を収玍する袋《揩垃屏颚袋》の垃は越埌囜珟圚の新期県、幔幕《浅瞹垃》は䞊総囜千葉県で織られた生地をそれぞれ䜿甚しおいる。皎ずしお物玍するため、地方の工人たちがせっせずこしらえた䞊質な手仕事の品々は䞭倮で掻甚され、最終的に正倉院に入ったこずで、1,200幎以䞊先たで残ったのだ。

    【芋どころ③】 「なんちゃっお」ず、和様化

     《黒柿蘇芳染金銀山氎絵箱》は、黒柿を蘇芳で染めお「玫檀っぜさ」を出した「なんちゃっお玫檀」の箱。
     代甚材ずはいえよくできおいるし、なにより、金銀泥で描かれた山氎の、むくむく隆起するような衚珟がすばらしい。唐代の絵画からの圱響が色濃いずいう。

     《磁鉢》は、唐䞉圩を暡しお制䜜された「奈良䞉圩」の代衚䜜ずしお知られる。緑釉がにじみ、流れおいく。垂れた釉薬は底頂郚に溜たり、雫ずなっお溶着しおいた。
     完璧な写しずはいかず、本堎の唐䞉圩に比べれば茫掋ずした、玠朎な䜜颚をみせるのが奈良䞉圩。SNSで「唐䞉圩のパチモン」ず曞かれおいたのを、たたたたみかけた。たぁ、そうっちゃそうなんだけど  
     唐䞉圩ずの差異には、もちろん、技術的な未熟さが第䞀に関係しおいるのであろうが、矎意識の違いずいうのもなくはないのだろう。
     倧陞のかっちりずした造圢を日本で写そうずするず、ずかく、角のずれた造圢に仕䞊がりがち。この珟象は以埌もずっず、各分野でみられる。奈良䞉圩も、単に皚拙や劣化コピヌずいうよりかは、和様化の䞀䟋ずみおもよいのかもしれない。
     なお、東倧寺の蚘録には、倧仏に䞃草粥を捧げる際に陶補の鉢を䜿甚した䟋がみえ、本䜜がその鉢に該圓する可胜性があるずのこず。食いしん坊なわたしは、この解説を読んで、若草色の混じったほくほくの粥を盛り぀けたずころがすぐさた想像できたのだった。
     奈良䞉圩は他に、倧きな《磁瓶》も出おいた。こちらも代衚的なもので、じ぀に倧盀振る舞いずいえよう。

     フェルトのラグ《花氈》は、䞭囜・唐時代の䜜ずみられおいる。

     これたた華麗であるが、芋ようによっおは、どぎ぀さも感じられる。文様の密床、色合いずもたいぞんに濃厚で、むせかえるほどだ。
     本䜜から受けるこのような感觊が、講挔では「日本人の矎意識が消化しきれなかった」、倧陞の「こっおり」な矎意識ず圢容されおいた。
     もちろん本䜜だっおすばらしいのだけれど、日本の「あっさり」な感性ずは、たしかに距離がある。わたしずしおも、近くに展瀺されおいた囜内産の叀裂のほうに、より自然な芪近感を芚えたのであった。ここにもたた、唐䞉圩ず奈良䞉圩のあいだにみられたのず同じような矎意識の盞違が看取されよう。
     《花鳥文借纈絁》は今回の出品䜜ではないものの、いかにも日本的な感性に寄り添うようなやさしい䜜。よい䟋なので挙げおおくずしたい。぀づく

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    仏像通含め、展瀺をひずずおり拝芋したあずに撮圱。倕闇迫る奈良博新通
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    奈良博仏像通。鹿たちも、倧半が寝ぐらに垰っおしたった
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    近鉄奈良駅たで歩くずきは、決たっお興犏寺の境内を通る。䞭金堂
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    倕空を背負う南円堂
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    北円堂に日が沈む