
【二十一歩目】老子と一陽来復。
今日は寒いので『老子』を。
現在は二十四節気でいうと「大寒(だいかん)」、一年で最も寒さが厳しい時期と言われています。実際本当に寒いですね。

季節をシンプルに陰陽で考えると、まず、「最も日照時間が短い」冬至は陰の極み、「最も日照時間が長い」夏至は陽の極みに配置できます。そしてそれぞれの中間に春分と秋分があると区分できます。すると「四季」が出来上がります。

2025年の冬至は12月22日ですが、一年で一番寒い時期は1月とか2月です。日照時間だけをみると冬至が一番寒いようにも考えてしまいますが、実際に一番寒い時期は、毎年冬至から一か月ほどずれています。暦の上での日付と、人々の体感や気温のズレなどがあるから二十四節気ができたのでしょうね。

というわけで次は『易経(えききょう)』を。『易経』は儒家の四書五経に数えられる書物ですが。しかし、道家においても『老子』『荘子』と並んで「三玄」と呼ばれる重要な書物です。儒家と道家の両者をまたぐ稀有な存在と言えます。
この『易経』に「(䷗)地来復(ちらいふく)」という卦(け)があります。これは陰のしるしが5つあって、たった一つだけ陽のしるしがあるという卦です。『易経』にはこう書いてあります。
❝復:亨。出入疾い無く、朋来たりて咎無し。その道を反復し、七日にして来復す。往く攸有るに利ろし。❞
最初に「復」とありますが、これは要は「陰ばっかりのなかに陽がある」というよりも、陰が極まって陽にもどりつつある、というしるしとしてとらえられています。このことを「一陽来復(いちようらいふく)」と言います。これは冬至のことでして、陰が最も深い冬至の日というのは、同時に陽へと戻る始まりでもあります。冬至からまた一日一日、日は長くなる。
今は一年で一番寒い時期ですが、実はすでに一番日の短い時期は過ぎていて、少しずつ日は延びてきている。春はもうすぐそこまで来ているとも考えられます。

❝反者道之動、弱者道之用。天下萬物生於有。有生於無。❞
➙ 根源に戻ろうとするのが道のうごきである。柔弱であることが道の働きである。天下の万物形のある「有」から生まれたものであり、「有」は「無」から生まれるのである。
『老子』の中にある「反(かえる)」も「復」とほぼ同じ意味があり、また老子の幸福論においても、まるで寒さと暑さが循環するように、幸福と不幸が繰り返される表現があります。

❝禍兮福之所倚、福兮禍之所伏。孰知其極。其無正。正復爲奇、善復爲訞。人之迷、其日固久。是以聖人、方而不割、廉而不劌、直而不肆、光而不耀。❞
→禍(わざわい)は幸福と隣り合わせにあり、幸福もまた禍いの裏に潜んでいる。だれかその区別を見極めることができるだろうか?。そこには正義も悪もない。正義のつもりが悪になっていたり、よかれと思ってやったことで人を傷つけたりする。古くからわれわれ人間を悩ませた事柄だ。だから、聖人は万能であろうと誰にも使われず、誠実さで相手を傷つけず、実直さで人を押しのけず、光るものを持ちながらもそれを見せびらかしたりしないのだ。
先ほどの「一陽来復」に当てはめると、つらい時期があったとしても、一番つらい時期というのは、実は幸福の入り口とも言えます。つらいつらいと思っていても、つらさも極限までつらいともう上がるしかない。一日一日幸福の足跡も近づいている、そういうポジティブな見方も可能です。この場合には「一陽来<福>」とすべきでしょうが。
ちなみに、ジョージ・ハリソンの『All Things Must Pass』は『老子』の二十三章からだと書きましたが、ビートルズの楽曲の中に『易経』の影響があるものが何曲かあります。

『ホワイトアルバム』の「While My Guitar Gently Weeps」や『アビーロード』の「Come together」が『易経』からというのはオフィシャルでも認めている有名な話ですが、最近、これも『易経』じゃね?と気づいた曲があります。これもまたジョージ・ハリソンです。少なくともこの当時ジョージが『易経』を読みこんでいたことは確かなので、おそらくこれもそうであろうと。
❝Here comes the sun, doo-doo-doo-doo
Here comes the sun, and I say
It’s alright
Little darlin’, it’s been a long, cold, lonely winter
Little darlin’, it feels like years since it’s been here❞
改めて聞くと「陽」「来」「復」が全部入ってる、大変一陽来復な歌詞なので。
今日はここまで。続きは二十一歩目でお会いしましょう。それではバイちゃ!